心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

アセクシャル。(ブログ再開と若干方針変更)

今日はなんだかとてもいい日らしいので、

ブログを再開します。


と、共に、最近は仕事が忙しすぎて

さっぱり出かけることが出来ていないため、日々考えていることを徒然なるままに書く、

という方針に変更します。


そんな初日から突飛な内容の投稿を。


アセクシャルという、

男性も女性も恋愛対象にならない

セクシャリティがある、

ということを最近知りました。


これがもうとてもしっくり来たのです。

ってかこれ自分だわってやつですね。


男性が恋愛対象でない人がいて、

女性が恋愛対象でない人がいるなら、

どちらも恋愛対象でない人もいるだろう。


なるほどMECE的にはそりゃそうだ。


生物学的にそれはいかがなものか、

と思ったりしたこともあったけど。

生物は常に自らの種の存続に対し、

最も適切な選択肢ばかりを残すか、

というとそんなわけでもないのだ。


思春期に自然に恋愛を始めることが

まったくもって理解できなかったし、

恋愛関係の話に興味が持てなかった。

恋愛にとても比重が置かれる理由も。


良い悪いではなくて、興味がないと。


今はひとつの人の心理状態だという、

人にとって大切な心の動きだという、

そういう風に理解して共感も出来る。

大切な人が、大切にしていることは、

大切にして共感して分かち合いたい。


でもまあいつまで経ってもそれだけ。


憧れるし良いなあと素敵だとも思う。

婚活もしたし付き合ってもみたけど。


自分にとっての実感という意味では、

良さもわからず興味もわかないのだ。


だからこそ、わたしにとっては仕事が大事。

たった一人の愛する人を作れないからこそ、

愛する対象が必要なんだろうなあ、と思う。


愛されたいし愛したいし、でもそれは恋愛じゃない。


と、いうことなんだろう、きっとおそらく。


わたしはこのセクシャリティについて、

自分の中だけなら悩んだことも困ったことも、

誰かに理解してもらいたいと思ったこともない。


ただ、周りと比べて違うから矯正した方がいいのか?

とか、食わず嫌い的なもので実は違うのではないか?


そういった周りとの比較で悩んだだけだった。


でもまあこういうことってあれだ。

寿司が食べれないなんて人生の半分損してるよ!

的なものと一緒なのかもしれない。


寿司が食べれる人もワインが飲めなければ

やっぱり人生の半分損してるのかもしれないし、


それだと接することが出来ない領域のものが

複数ある人の人生はなくなっちゃうじゃないかと。


まあだから、自分が持ってるカードで

人生を楽しめばそれでいいわけなのだ。


持てないカードや

知らないカードのことは

気にしなくても全然構わない。

だって今は手元にないのだから。

f:id:kayamy:20180913231748j:plain