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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

向いている、ということ。

向いている、とは何か。

自分は何に向いていて、
何に向いていないのか。
その指標があるとしたら。

たとえばそれは、その物事に取り掛かった時に
「取り掛かる前に完成形が見えているかどうか」
ではないかという仮説が友人との会話で浮かぶ。

初めてそれを作る時、
取り掛かる前から既に、

撮るべき写真の画が明確にイメージできる。

料理がどんな味かどんな盛り付けかがわかる。

描く前にキャンバスに描きたい画が見えている。

メロディーが歌が楽譜に落として弾く前に流れる。

事業計画がまるで流れるように頭の中で構築される。

パワーポイントの完成形が映像で最後まで出来ている。

頭の中で完成形が出来上がっていて、
後は現実世界に落とし込むだけの状態。

運慶は彫る前に木の中に仏の眉や鼻が見えたという。

わたしたちの多くは木の中に仏が見えない。
だからやはり稀代の仏師は違うと感動するけれど。

木の中に仏の姿は見えなくても、
運慶ほどに美しい仏は見えなくても。
別の分野で自分の仏が見えるんじゃないか。

それが自分にとって「向いている」ことなんじゃないか。

とかそんなことを思ったのでした。
もちろんある程度の鍛錬を積まないと
見えないっていうこともあるだろうけど。

誰かと話している時にこそ、
色々なことが閃いて面白い。

そこで初めて自分はこんなことを考えていたのか、
と知れることもまた、誰かと話すことの醍醐味だ。

そしてどうでもいいよなことをつらつら考えるのも、
わたしにとっては凄く楽しくて面白い時間なのです。