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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

送別会。仕事をすること、人として繋がること。

以前の職場の先輩に誘われて送別会。

お互い異動で勤務地が離れて1年以上会ってない。

そんなに親しく付き合っていたわけでもない。


それでも、こうして誘ってくれて、

最後の時間を作ってくれることが、

本当に有難くて、とても、嬉しい。


わたしは異動前の職場で

それほど深い人間関係を築いていなくて。

職場を離れると考えた時、

最後にご挨拶に伺う人があまり浮かばなかった。


もちろん、礼儀として挨拶には行くけれど。

個別にこの人に挨拶に行きたい、という人は。

片手で足りるほどの数にしかならなかった。


だからこそ、

わたしはあの職場に何を残しただろうか、

と考えることも多く。


仕事とは人だと、繋がりだと考えているのに。

わたしはあの職場でそれを築いて来なかった。


もちろん、その場その場で、

真摯に誠実に向き合ったことは、

偽りのない事実なのだけれど。


それを今後の人間関係に発展させることは、

出来なかったし、しなかった。


本気で語って本気で向き合って議論して。

でも、その仕事を離れるとご縁も切れた。

用がないのに電話したりは出来なかった。


仕事というものを四角四面に捉えすぎて、 

仕事というものをあまりにも神聖視しすぎて、

仕事以外のことを仕事の場に持ち込むことが出来なかった。


仕事は、

その他の生活と切り離して考えるものではなく、

その人の生活の、人生の、一部に過ぎず。

すべては繋がっていたのに。


わたしは仕事とそれ以外を切り分けたがり、

そうしてあまりにも真面目に切り分けたがゆえに、


仕事で繋がらなくなった後に、

仕事に関係のないような事で、

人間関係を繋ぐということが

出来なかったのだ、どうしても。


仕事はしたけれど、それだけだった。

それがわたしのかつての職場に対する後悔。


仲良しこよしでお友達になりたいわけではない。

けれど、仕事だけではなく、人として繋がりたかった。


あれから2年。

少しは仕事だけではなく、人として繋がる、

ということが出来るようになったのではないか、

と思うけれど。


けれどわたしはここを離れる。

もう、ここでやりたいことがない。

ここに情熱を注げる仕事がない。


それがわたしにとってはとてもとても辛いことだから。


やりたいことがある。目指すべきものはある。

進みたい道が、未来が、得たいものが、ある。


それも確かにここを離れる理由のひとつだけれど。


今の職場に勤めながら、

それを追う方法も、ないわけではなかった。


けれど、それでもわたしがここを離れるのは、

そういうことなのだ。


先は見えない。

何も決まっていない。

しかもしばらくは休もうとしている。


でも、未来は明るい。

そう思えてしまうわたしはアホなのだろうけど。


けれどおそらくアホであるほうが、

毎日は楽しいだろう、とそう思う。