心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

君よ生きて。

君よ生きて



わたしの大切な大好きな人たちが
いろんな形で関わっている音楽劇。
いつか必ず観に行くと誓ったそれ。


その日は意外と早くに訪れて。


観終わってまず最初に思ったことは、


ああ、なんだ、
わたしはぜんぜん本気で生きてない、
だった。


わたしの命はわたしのものだけれど、
数多の命が繋がった、その先にある。


かつて父と母と一緒に、
父方、母方のすべての墓を
訪ねた時を思い出した。


あの時、わたしという人間は、
父方母方に繋がるすべての祖先が
命を繋いだ結果としてここにいるのだ、
とそう思ったのだった。

何百年も前の墓標が立ち並ぶ墓地。
死んでいった、そして命を繋いでいった
わたしの、父の、母の、祖先がそこにいた。

墓地はたくさんの死が埋まっている場所だけれど。
そのたくさんの死の上に、わたしの生はあるのだ。

彼らが生きて、命を繋いだ、その先にしか、
わたしというひとりの人間は、いない。

けれど、わたしの命を繋いでいるのは、
生きて命を繋いだ者だけではないのだ。


我が家は年に何度か、先祖の墓と戦没者の墓へ参る。


20代の若さで異国の島で散ったおじさんの墓と、
その横に並ぶ同じ村の若者たちの墓標を思う。


傷痍軍人となり苦しんだ母方の祖父を、
焼かれた頭蓋骨から出てきた鉛の弾を。


今の平和と繋がらないように思うのに、
わたしの祖父は戦地に赴いていたのだ。

戦争は、すぐそこにある。

生きて、戦って、
死んでいった、たくさんの命。

戦争の是非は問わない。
ただ、時代だった。流れだった。

それだけのこと。

その時代を必死に生きた人たちが。

たとえ志半ばで斃れたとしても。

願い叶わず家族に会えなかったとしても。


終戦後の日本の地を踏むことがなかったとしても。


彼らが、今のこの日本を支えた。


どんなに無駄に思えてたとしても、

彼らが戦ってくれたからこそ、

彼らが必至に生きてくれたからこそ、

だからこそ、今の日本があるのだ。


彼らが生きたことも、やったことも、死んだことも。

すべては今のこの日を作る、今の命を作る礎だ。

長く生きたとか、子どもをもうけたとか、

そんなことはすべて関係なく。


ただ、この大地で生きたこと。

誰かと時間を過ごしたこと。

それが誰かに希望を与え、

それが誰かに未来を見せる。


生きている、ということは、そういうことだ。


自分自身を振り返る。

わたしは、自分が心から楽しめることを、
心震えることを仕事にしたい思っていた。

でも、それは自分のことだけを考えている、
ということでしかなかったのだ。

だから、違和感があったのだ。

大切な人のために、
この社会のために、

わたしが出来る最大限のことはなんだろうか。

それが、仕事をするということではないだろうか。

一番楽しいことと、
一番貢献出来ることは違う。

わたしは、一番貢献出来ることをしたい。
一番楽しいこととは違うかもしれないけれど。
最大の熱量で取り組めることでなければ、
一番貢献出来ることにはなりえない。

最大の熱量で取り組めることは、
好きなことであることが多いから、
だから結局それが仕事になって、
その仕事で多くの人を幸せにするのだろう。

ああ、そういうことか、と。
なにかが腑に落ちたような気がした。


大切な、本当に大切なことに気付けた時間でした。
この劇に導いてくれた、林さん、夕幻さん、龍玄さん。
本当に、本当に、心からありがとうございます。

わたしがこの劇の感想をまとめきれずにいるうちに、
残り一公演となってしまいました。
もし、ご興味のある方がいましたら、ぜひ。
ラストチャンス。心震える瞬間に会いに行ってください。

「君よ生きて」
2月26日(日)13:00〜

戦争が終わり。

日本に帰れるはずだった。

乗り込んだ列車は北に向かい。

日本は遥か彼方に消え去った。


もうすぐ日本に帰れると。

必ず、日本に帰るのだと。


その希望が何度裏切られても、

どれだけ過酷な状況に置かれても。

大切な仲間と他愛もない日常を笑いながら。

日々を、ただ、ただ。生きる。


冬に閉ざされたシベリアの地で、

飢えと、寒さと、過酷な労働に耐えながら

日本にいる母を、妻を、子を思う。


必ず、必ず、日本に帰る。


彼らを支えたのは、大切な人への愛。



君よ、生きて

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