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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

日本を知ることは、世界に辿り着くこと。自分を知ることは、誰かを理解すること。

友人の結婚式で、紋付袴と白無垢と。三三九度の儀式を見ていた。


そして、唐突に、本当に唐突に、自国の文化を知ることは、世界を知ることなのか、と理解した。


世界を深く知ることは、自国の文化を深く知ることと繋がっている。わたしたちは、自分のルーツを知ってこそ、自分というものを否が応でも形作っている文化を知ることで、より一層世界のことを知ることができる。


理解することは境界線を引くこと。自分という混沌としたスープの中から、これはこういうものだ、これはこういうことだと、一枚一枚引き剥がしていく作業だ。


そのためには、自分自身を知ること。自分自身を構成するもの、ルーツ、文化、環境、知識、それらすべてについて、深く、深く知ることだ。


世界を知ることで、その異質さの中で自分自身が浮かび上がるように。自分を知ることで、その同質の中に世界が姿を見せる。


世界を知ること。日本を知ること。


それは、同じ事柄の裏表なのではないか。



世界を知らなければ日本を見つけられず。



日本を知らなければ、世界に辿り着けない。



そんな、気がした。



結局、すべてのものは、極めれば極めるほど、同じところへ回帰していく。



物理学を極めれば宗教に行き着くという。



まるで真逆のものが、まるで相容れないものが、突き詰めることによって繋がる。



まるでメビウスの輪だ。



すべてはそんな風に、繋がっている。



だからこそ、自国の文化を、自分自身のことを知ることが、外国を、自分以外のすべてを知るために必要なのだ。



光溢れる美しい家屋と、その中に佇む美しい友人を見ながら、そんな場違いなことを考えているわたしはどう考えても変なのだろうけれど。



それでも思う。



あらゆる日々の瞬間は、気付きと学びに満ちている。



それを、きちんと受け取って、そうして自分の人生に活かしていきたいと。


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