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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

言葉とは、その国を、文化を、風習を、気質を、顕わすもの。

言葉は文化だ。

その国の姿を表現するもの。

その国の人々を構成するもの。

英語を話す時と、日本語を話す時とでは、
性格が変わる、と言う。

わたしたちは、ただ言葉の意味を理解するためだけに、
言葉を交わすのではない。学ぶのではない。


言葉というものは、
その国の文化であり風習であり、
人々の性格であり気質でもある。


同じ現象に対する言葉のバリエーション。
同じ現象に対する言い回し、表現の違い。
そのものに含まれる、ニュアンスの違い。


文化に、歴史に、風習に、気質によって
練られ育まれ永きに渡って使われる言葉。


それを使う、
ということは、
知らず知らずのうちに、

その国そのものを表現するということ。

だからこそ、言葉を使い続けることで、
その人そのものの性格すら変わるのだ。

わたしたちの同一性は、意外と脆い。

使う言葉ひとつで、こんなにも簡単に変わってしまう。

わたしたちは毎日自分が表現しているもので、
自分を構成し続けているのではないだろうか。


英語を使うことで性格が変わるなら、

逆もまた然り。

そう。

日本語は、とても慎ましく柔らかい。


その「日本語」の性質をもってして、


外交に活用しよう、なんて。


世界をやわらかく、ふにゃふにゃにしようなんて。


そんな発想があるのかと驚いた。


これもこの記事を読んで初めて知ったのだが、
フランスには「日本かぶれする」という意味の、
「タタミゼ(tatamiser)」という言葉があるらしい。

そんな風に、
あの自国への愛深きフランス人を虜にしてしまうくらい、
日本の文化というのは、魅力的で素晴らしいものなのだ。


世界に開かれ、世界に繋がっている今だからこそ、
わたしたちは日本文化を見失っているように思う。
日本文化をわたしたちひとりひとりが深く理解し、
ひとりひとりがそれを伝え届け広げていくことで、


世界が少しでも平和になるなら。


それはとてもとても素晴らしいことだなあと。

そんなことをこの記事を読みながら思う。


最近、言葉の持つ力、言葉の持つ意味、
そんなものにとてもとても惹かれていて。


そんな中で、とてもタイムリーな記事でした。
鈴木先生が書かれた「ことばと文化」も読んでみたい。


鈴木先生の記事はこちら。