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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

新年のご挨拶とお礼と。

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新年あけましておめでとうございます。


2016年8月8日に始めたこのブログも、200記事を達成し、細々と続けていられるのも、このブログを読んでくれている人がいるおかげ、そして、わたしと出会ってくれている人や物や本や場のおかげだな、としみじみと感じています。

わたしは、無から有を生み出すことが出来る人ではありません。
必ず、心震える対象が必要なのです。まず、その振動がなければわたしの中で言葉が生まれることがない。

だからこそ、わたしと出会ってくれる「心震えるもの」たちすべてに対して、感謝しかないなあと思うのです。

本当に、本当に、心から、ありがとうございます。

約5ヶ月、ブログを続けて来て気付いたことはたくさんありました。

わたしの文章の特性。わたしの文章の源泉。わたしの文章の形。書き続けることで、形にするスピードは格段に上がりました。わたしの文章は瞬間を形にするものなので、スピードが上がったことは本当に素晴らしく、喜ばしいことです。

しかし、それと同時に、わたしの文章は大衆受けするものではない、ということも痛感した日々でした。特にアクセスしてもらうためのキーワードを散りばめてはいないので、アクセス数が稼げないのは当然なのですが、それでも大衆受けするものではないな、とはっきりとわかりました。

ですが、わたしはわたしの文章のスタイルを変えるつもりはありません。事実は事実。だとして、それを受け入れて自分が何を選択するか、だけでしかないからです。

わたしの文章は、わたしにとって生きること、呼吸をすることに等しい。だからこそ、この文章はわたしにとってのかけがえのない、最も本質的なものとして置いておきたい。このままの形で続けたいのです。

とはいえ、どんな文章であっても、表現であっても、誰にも届かなければ意味がないのです。しかも、わたしの文章は、わたしにとって心震えた素晴らしいものたち。それを、より多くの人に届けることが出来たなら、そしてそれを受け取った人たちが、素晴らしい時間を過ごせたら、それがわたしにとっての無上の喜びでもあるわけです。

そう考えると、アクセス数は多いに越したことはありません。ですが、今の文章ではアクセス数を稼ぐことは出来ない。

このため、新年からはこの文章とは別の文章で書く、ということにも挑戦します。

今の文章は、わたしの心のど真ん中から湧き上がるままに書いているため、そこには熱がこもっています。

けれど、それとは異なるスタイルで書くとしたら、熱量は確実に下がってしまう。

それでも、少し別の方法を試してみる、ということをしたくなりました。もし、そちらでアクセス数を稼ぐことが出来たなら、動線を作ることが出来る。そういうやり方もありなのではないか、と。

年末に訪れた、とっても素敵なバーでの話の中でそんなことを思ったのでした。

2017年、ここで書いてきた文章は続けますが、もっとたくさんの文章の可能性を模索し、道を開いていこうと思います。どうなるかはお楽しみ。

心のままに、書きたいものを、書きたいように。

このスタンスは崩しませんが、もっと広い世界を見てみようと。

そんなことを思うお正月でした。

ただただ自由きままに書いているだけのこのブログに、訪問してくれること、読んでくれること、それらすべて。本当に、本当に、ありがとうございます。

日々、なんだか幸せだなあと思って生きております。