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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

新月の夜に見えたこと。わたしにとって、大切なものを大切にする。

年の瀬の新月の日に。


ほかにもたくさん書くことはあるのだけれど、なんとなく、このタイミングで自分のことを振り返ってみる。

今年の一月に、わたしが心から尊敬している人の言葉に導かれるように、文章を書き始めた。もちろん、その前も書いてはいたけれど、1年前は一週間に一回程度、2年前は数ヶ月に一回程度。ほとんど文章で表現するということをして来なかった。

あれからもうすぐ一年が経つ。
いろんな人に褒めてもらえて、認めてもらえて、仕事にしないともったいないよって言われて、それもありかもしれない、と思ってわたしなりに試行錯誤をしてきた。


読書感想文を書くのはどう?と言われて色んな本をジャンルを問わず読んでみて、湧き上がってきたものを書いてみたりしていた。

出てきたものはてんでばらばら。

 詩だったり、散文だったり、エッセイだったり、論文だったり。

何が出てくるのかはわたしにも書くまではわからない。わたしの文章は、わたしの中から湧き上がるものをそのまま文字に起こしているだけだから。


正直、これではどうしようもないな、と思った。


これでは、オーダーに応えることが出来ないからだ。


そして、オーダーに応えようと思った瞬間に、わたしの文章からは一番大切な「熱」が消える。


それでは、わたしが書く意味がない。意味がないのだ。


この一ヶ月、これについてずっと考えてきた。

けれど、たどり着く場所はいつも同じだった。

答えは、いつも同じだった。



わたしは、わたしの中から湧き上がってくるものがなければ書けない。



それなら、オーダーを受ける、という形では文章を仕事にすることはできない。


もし、それをするのであれば、まったく今の文章とは切り離して、違う形の「文章」にするしかない。


次の問題は、それを、わたしがやりたいかどうかだ。



だから、やっぱり、わたしはわたしの好きなように書いていこう。

例えば、オウンドメディアとして、わたしが心震えたものを散りばめる場所を作る。

わたしが、好きなものだけを好きなように書く。

そんな場所を、2年とか、3年とか、長い時間をかけて育てていく。

そんなやり方もある。

急がなくていい。すぐに形にしなくていい。

むしろ、急いで自分の一番大切なものを見失ってはならない。

自分の一番好きなことを、一番大切なことを、大事に大事に握りしめて、どうするか、どう生きていくかを考えるんだ。

うん、なんとなく、来年が見えた。


たくさんたくさん言葉をくれたひと、たくさんたくさん心を傾けたくれたひと。

たくさんの、やさしいひとの顔が浮かぶ。

そんなひとがいたおかげで、試行錯誤をしながらも、自分の大切なものを見失わずに、進んでいけている気がする。

ありがとうございます。