心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

高野山の静けさの中で。家族の繋がりというクリスマスプレゼントをもらう。

高野山に縁のあるお酒を酌み交わしたあの時から、近いうちに高野山に行こう、と決めていた。


その機会は、ふいに母からもたらされた。
高野山に行こうと思うんだけど、一緒にどう?」

その時、クリスマスイブに高野山に行こう、とそう思った。クリスマスイブは大切な人と過ごす時間。それに、クリスマスイブにわざわざ高野山に行こうという人はいないだろう。だからきっと、のんびりゆっくり、存分に高野山のあの清浄な空気を味わえるだろう、と。


そして、写真を撮ろうと思った。両親の写真。


ここのところ、帰省するたびに、「これが最後かもしれない。これが最後だとしたら、わたしはこの時間をどう過ごすだろうか」と考える。
それは悲観的になっているわけではなくて、ただ、事実として、もう共に歩む時間は折り返したのだと感じているから。そして、わたしは両親と離れた場所に住んでいるから。想像しているよりも、共に過ごせる時間は短い。とても、短いのだ。
決して、両親の方が先に逝くと決まったわけではない。わたしだって、いつどうなるかなんてわからない。だからこそ、その可能性も考えて、その意味も込めて。

そう思った時、せめて、カメラを持っているわたしは、両親の写真を撮ろうと思った。具体的に何を、どうするわけではないけれど。写真の中でだけ残せる何かがある気がしたから。

そして、それはカメラを手にしたわたしの役目のような気がしたから。

できれば、カメラの前でピースをしているようなそんな写真ではなくて、旅行中の何気ない、普通の、ありのままの瞬間を切り取りたい。
そうは思ったけれど、家族で話をしながらの時間の中で、距離を撮ってカメラを構えるのは難しくて、ちょっと照れもあったりして、そんなにたくさん撮ることは出来なかったけど。

これから、両親とともに過ごす時間の中で、少しずつ、少しずつ、撮りためていくことができればいいと思う。

そうして、思い出のかけらを拾い集めるように、写真を撮り続けることが出来たらいいと思う。


高野山は、静かだった。通りに車はほとんど走っておらず、人もまばら。泊まった宿坊には、わたしたち以外にわずかに5人だけが宿泊していた。


お茶がふるまわれた金剛峰寺の大広間には、たった3人ほどが何十畳ともわからぬ広間の端にぽつぽつと点在していた。



人のざわめきはひたすらに遠く、どこの寺院でも並ぶことはない。



ただただ冷たい凛とした冷たい空気と、静寂が満たす空間。



この空気も、正月を迎えれば人々のざわめきと正月らしい活気で満たされ、全く違う気配を纏うのだろう。



この時限りの静けさ。


おそらく、高野山本来の。


人影もまばらの奥の院は、日本最大の墓地でもあるだろうに墓地という言葉から想像する鬱蒼さはなく、ただただ清浄な朝の光がその場を満たす。

その光の中で、道の両側を埋め尽くす墓地はどこかありがたいもののように感じられた。

本来は、墓地とはこういう気配をまとっているものなのだろう。人目を憚り、裏手にあるものではなく、堂々とその場に存在しているもの。わたしたち生きている者をこの世に生み出してくれた系譜。


わたしたちの、命の源たる祖先が眠る場所。
命を繋ぐ子孫の感謝が降り積もっていく場所。


高野山は先祖供養を主とする場所だという。
先祖供養に対しては、宗派宗旨問わず受け入れている。

それだけ、先祖への感謝を大切にしているということなのだろう。

わたしたちが、今ここに生きているということは、わたしたちの命を繋いでくれた父が、母が、祖父が、祖母がいたから。そして、彼らに繋がる多くの人々がいたからだ。

わたしにとって、一番近い先祖は両親。
そして、その両親をこの世に繋げた祖父母。
そう思えば、先祖供養は遥か遠くのものではなくて、すぐそばに、身近にあるものだと思う。

ふと、先祖供養のための場所だから、家族と共に来ることに意味があったのかもしれない、とそんなことを思った。

過去に少なくとも3度、高野山を訪れた。
けれど、家族で訪れたのはこの日が初めてだった。

静寂な凛とした空気が満たすこの日に、晴れ渡った美しい陽の光がこの場を満たすこの日に、こうしてゆっくりと、家族だけでこの場所に来れたことの幸福を思う。

本当に、素晴らしいクリスマスを過ごせた。
お互いにとっての、クリスマスプレゼントのような2日間だった。

本当に、本当に、ありがとうございます。

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