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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

自分自身で練り上げた哲学を持ち、常に周りのすべての人から学ぶ。そうして辿り着く本質の深さと広さ。

小学校四年生の時に見ていたヒーローものって何?


アル・ケッツァーノの奥田シェフが、採用の際に必ず聞くこと。

なぜそんなことを?と思うけれど、これがかなり重要なのだ。

小学校四年生の頃に、わたしたちの多くは自我が芽生えて親離れを始める。その時に、テレビの向こうのヒーローは、わあしたちの目指す姿、理想の自分にいつの間にかなっている。

キャプテン翼世代の人たちには、彼らの力をきちんと発揮させてあげるために「岬くん」みたいなサポートポジションの人が必要だし、ドラゴンボール世代の人たちは「元気玉」を作るだけの力がないのに元気玉を作ろうとして挫折しがちだから、ちゃんと元気玉を作れるように育ててあげる。ポケモン世代の人たちは、「君に任せた!」と言って振った仕事をさらに誰かに振ってしまいがち。どんなヒーローを見て育ったかで、その人との接し方が、個性がわかる。

戦隊モノだって、5人いるのには理由がある。熱いリーダーと冷静なリーダーのツートップに面倒見のいいお兄ちゃんに自由な弟、ワガママな妹。一度ピンチになるのは5人の心が揃ってないから。ピンチになって反省して、そうしてもう一度心がひとつになったら敵を倒すことができる。

わたしたちの周りに溢れる物語には、たくさんの学びが隠されている。どんなことも、どんなものも、そこから学べることがある。奥田シェフは、そうしてあらゆるものから学んできて、そしてそれを自分の人生に、仕事に取り入れてきたのだろうと思う。


優しく無邪気に、少年のように笑う奥田シェフが話す言葉は他愛のない雑談のように見えて、いちいち深い。

だから、奥田シェフの話に惹き込まれる。もっとずっとたくさん聞いていたくなる。


『最初に誰かが創り上げたものを、「あげる」って言われたら、謙遜せずに遠慮せずに受け取ればいいんだよ。「帰ってきたウルトラマン」だって、必殺技を先輩からもらってるんだから。』

素直に目の前に差し出されたものを受け取って、そうして敵を倒して世界に平和を取り戻す。そうやって、意地やプライドや罪悪感に囚われずに、素直にもらって結果が良ければいいんだろう。
謙遜したり遠慮するのはきっと自分に自信がないから。


だから、「あげる」って言われているものをもらうことが出来ない。
素直にもらったら、ちゃんと敵が倒せるのに。ちゃんと自分の欲しいものが手に入るのに。


でも、「ありがとう」って素直にもらえない人は多い。だから、うまくいかない。ヒーローになれない。
 
そこに必殺技があるのに。

自分がヒーローになれて、大切な人を幸せに出来る必殺技が。

意地やプライドや謙遜や遠慮を手放せばすぐに手に入る必殺技が。


そんな、「ヒーローになりそこなったひとたち」がたくさんいる。


でも、それが悪いわけじゃない。

その人たちは、「それを選びたい」からそうしているだけ。

それだけのこと。


でも、わたしは受け取れるひとになりたいな、とそう思う。昔に比べたら受け取ることが出来るようになったとはいえ、まだまだ受け取り下手なわたしだから、もっと、素直に、笑顔で「ありがとう」って受け取りたい。


あげることが、どれだけ幸せなことかをわたしは知っているから余計に。
何かをあげることで、その人から何かが減るわけじゃない。受け取ってもらえたら、喜んでもらえたら、感動してもらえたら、すごくすごく嬉しいし、もっとあげようって思う。もっと素敵なものを作ろう、見つけようって思う。

もらったひとはもちろん幸せになるけれど、あげたひとも幸せになるし、あげることでもっと前に、もっと明るい方へ進んでいくことができる。

とってもいい循環が出来ていく。

そんな輪の中に自分がいれるように。そんな輪を自分が作れるように。ただ純粋にあげたいからあげて、ただ純粋に、嬉しいから素直にもらって。

もっともっと、そんな風になっていきたいな、とそう思う。


そんな奥田シェフがこのたび、人生を結実させた、魂そのものと言ってもいい本を出版した。

14年の歳月を費やして作られたその本には、奥田シェフのすべてが注ぎ込まれている。

そこには、奥田シェフの大切にしてきたものが惜しみなく、本当に惜しみなく綴られている。

今のところ、アル・ケッチァーノなど直営店またはサポーターズクラブにて取り扱っているというこの本。


大切な、大切な、自分の分身と言ってもいいほどの本。
だからこそ、もしかしたら、ご縁がある人だけに手渡せるような、そんな本にしたのかもしれない。


この本は、料理本には珍しく、真っ白な表紙に題名だけ。美しいその書は、あの紫舟さんが書かれたものだという。


紫舟さんの書には、100万単位の値がつく。


そこで奥田シェフが提案したのは「物々交換」。


奥田シェフの作る最高の料理と、紫舟さんの書の物々交換。


それは、最高の表現を持ち合わせているふたりだからこそ出来ること。


けれど、きっとわたしたちにも出来ること。自分が出来ることと、相手の出来ることを交換したら、そこに税金はかからなくって、ただあげたいだけをあげて。もらいたいだけをもらって。すべてがその人のためだけに捧げられる。


ゆっくりと、ゆっくりと。今後はそんな風に、世界は動いていくのかもしれないなと思う。
資本主義は、金融経済は、すでにある地点まで到達した。飽和状態に達したら、次は逆の方向に振り子は振れる。
インターネットを介してすべての人が繋がりすぎたから、直接会うことの価値が高まっているように。何も価値が発生していないのに、お金がお金を生みだす不思議なシステムは、ある一定地点で物々交換へ還っていくのかもしれない。

誰かを介するから、組織を介するから、たくさんのお金が、必要以上のお金が必要なのだけれど、ただ、大好きな人たち同士で物々交換し合えたら、そこには余計なお金も時間も手間もかからなくって、本当にあげたいだけを、本当にもらいたいだけをもらって、それだけで完結する。

それはとてもとてもシンプルだ。

そんな世界に生きてみたいなとそんな風に思った。

そのためには、ひとりひとりが自分の光を見つけてそれを輝かせる必要があるのだろう。


奥田シェフの料理に対する姿勢、「食べもの時鑑」に注ぎ込まれた料理の本質の片鱗はこちらの記事から。

あの日を振り返りながら、この記事を読みながら、料理は文化だと言うKEISUKE MATSUSHIMAの松嶋シェフの哲学に通ずるものを感じたりしました。

ああ、やっぱり、ひとつのことを極めているひとは素晴らしい。そして、ひとつのものを極めることは、それ以外のものと繋がり広がってゆくことなのだと、そんなことを改めて感じるのでした。

ここまでの感動を覚えながら、今回うっかり購入するのを失念してしまった「食べもの時鑑」。次回の蜂蜜晩餐会では忘れずきちんと迎え入れよう、と決めました。

この本は、間違いなく後世に残る、一生ものの、本質だけを捉えた、語り継がれる本になると。そんなことを確信しているのです。