心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

ただただ自分の使命を楽しみ喜びすべてを受け入れて生きる人。まるで澄んだ青い空と凪の海のような。

いつも、思うことがある。

 

自分の心に素直に、自分のやりたいことを、自分の使命とでも言うべきものに、心からの満足感を覚えて、心から楽しんで生きている人はとても気持ちがいい。

 

彼らと出会った瞬間、わたしは晴れ渡った、雲一つない青空を見ているかのような、鮮烈な感動を覚える。

 

澄み渡った、どこまでも透明な青い空。視界を遮るものが何ひとつない、不思議な感覚。

 

そんな、美しい景色を見ているかのような、心地よい、気持ちいい空気感を味わうのだ。

 

 

奥田シェフはそんな人だった。

 

 

無邪気な少年のような笑顔と、まったく垣根を設けない接し方。そして、何よりも自分の心のど真ん中をまっすぐに、楽しみながら、底に静かな信念を湛えて歩む姿。

 

奥田シェフを見て思い出したのは、何故か全く職種も年齢も違う、わたしが最近よくお会いしている社長さんだった。出会った瞬間に感じた気持ちが晴れ渡るような心地よい感覚と、屈託のない笑顔が、ふたりには共通していた。

 

 

一見すると、どこにでもいるような普通の人。

 

けれど、一目見ただけで、違う、と分かる人。

 

 

彼らの笑顔を思い出すだけで、幸せな気持ちになる。

 

もちろん、どんな人のどんな笑顔もわたしを幸せにするのだけれど。

 

繰り返し思い出す笑顔の人は、やっぱり限られているように、思う。

 

彼らの笑顔には、嘘偽りはなにひとつない。ただただまっすぐな、笑顔。

 

 

それは、彼らの重ねてきた年月をも反映しているのだと思う。たくさんの苦労を、たくさんの葛藤を乗り越えてきたのだろう。それらをすべて、今はもう笑い飛ばすことができるほどに、苦しいことも、辛いことも、受け入れて楽しめるほどに、彼らの心の中に湛える海は、深く、広い。

 

海は、その中にあらゆるものを内包する。美しいものも、汚いものも、必要なものも、不要なものも。それらすべてをその海の中に抱き、そうしてその中に何があろうとも、水平な海面を目の前に見せてくれるのだ。

 

 

森羅万象。

 

すべてのものを内包した、青く深い海と、その海を覆う透明で澄んだ青い空。

 

 

そんな景色を感じることが出来るような、そんな景色を感じさせることが出来るような、そんな人になりたい、とこの日改めてそう思った。

 

 

こんな風に、人生の指針になるような人に会えるということが、とてもとても幸せなこと。

 

 

奥田シェフと、奥田シェフが創り出す料理とその空間を思い起こす。

 

ただただ優しく暖かく、楽しい笑い声に満ちた幸せな瞬間が重なる。

 

料理も、空間も、創り上げる人のすべてがそこにまっすぐに現れる。

 

料理も、空間も、その人が生きたそのすべてのものが結実した表現。

 

 

自分の生み出すものを磨くことは、それは技術も知識ももちろんだけれど、自分の心を磨くこと、でもあるのだと。

 

 

そんなことを、繰り返し思う。

 

 

自分の心を磨き、嘘偽りなく自分の心にまっすぐに素直になることで、そこに降りてくるものがある。自分のなすべきことをなすために、舞い降りてくるビジョン。それは、自分の心を磨くことで、より鮮烈に、よりはっきりと、より美しい姿で目の前に現れる。

 

それは、料理かもしれない。写真かもしれない。文章かもしれない。建築かもしれない。戦略かもしれない。政策かもしれない。どれも、姿が違うだけで同じこと。

 

 

自分の心を磨き、そこに舞い降りたビジョンに従って、まっすぐに、素直に、自分の使命とも呼べるようなものを。すべてを飲み込み浄化する海と、すべてを包み込み透明にする空のように、生きたいなあとそう思う。

 

 

わたしの心象風景の到達点は、あの日初めて見た、杉本博司氏の「海景」なのだと思う。

 

 

海と、空と、それを分かつ地平線だけの、ただそれだけの、誰にでも撮れるようで、彼にしか撮れない、あの写真。凪の海。


 

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奥田シェフのホームページ