読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

凪の海

わたしのこころの中には海がある。



波ひとつない、

風ひとつない、


ただ、ただ。

水平な地平線。


静かな、青い空と。青い海だけの。


しんとした、静寂の海。


波の音もなく。風の音もなく。



ただ、視界に一本の線だけが見える。


海と空の境目すら曖昧で、青に溶けていくような。


そんな、静かな静かな海が、わたしのこころの中にある。


感情がどんなに揺れ動いていても、現実がどんなにめまぐるしくても、どんなにみっともなくても壊れかけても死にかけてすら。


わたしのこころの中には、揺るぎない凪の海がある。


いつでも、わたしの心が還る場所。


いつでも、わたしの心に在る場所。


だから、わたしの心はいつだって、どこか静かだ。


表面が、どれだけ揺れ動き変わろうとも。


わたしの心の真ん中には、決して変わらぬ景色がある。


それは、いくどとなくわたしの心に現れては消えていく。


きっと、わたしが意識しないほど幼い頃からあっただろう、永遠の景色。


しんとした、音も、波も、すべてが遠くに消え去った、静謐なあの景色。


わたしは海の近くで産まれたわけではない。子供の頃、海に遊びに行ったこともあまりない。静かな、凪の海を見た記憶など、ない。わたしが行く海は、人が多く騒がしく、凪の海とは程遠い場所だった。


それでも、見たことがなかったとしても、わたしの心の中に在り続ける、凪の海。


その海を、見つけた。


杉本博司氏の「海景」。


氏の代表作だ。


初めて見たとき、しばらくその写真の前から動けなかった。


どこまでも静かで、どこまでも透明で。



その海の向こうに還っていけるような気がした。



わたしは、こういうものを生み出そう。



どこまでも静かで、どこまでも透明で。


それに触れるだけで、心が静寂に包まれて、澄んでいくような。その人の心を浄化するような。


そんな文章を書いていきたい。


凪の海のような、文章を。

SEASCAPES

SEASCAPES