心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

ゆらゆらと、流れるように進む。

とても危機的な状況のはずなのに、心が静かに凪のように安定していることがある。


他者からその危険性を指摘されたり心配されたりして、その時は一瞬心臓が止まりそうになるのだけれど、数時間も経てば流れてゆく。

その危険性を、重大性を、認識していないわけではもちろんない。わたしは昔、驚くほどの心配性で、あれこれと先に色々考えあぐねて調べて準備して、保険をかけることに余念がなかった。

その時の名残は今でもある。現状を分析し、リスクと可能性とを見極め、このままにしておくことがどれだけ危険なのかを理解する。

それでも、心が動かないことがある。動かない、とはネガティヴな意味ではなく、「絶対に大丈夫だ」「問題ない」という根拠のない自信のようなものである。

顕在意識は現状の危機をうるさいほどに訴えてくるのに、潜在意識はまったく動じない。そんな感じで、まるで自分の意識が二つに分裂したかのような不思議な感覚。

けれど、こういう時に、どれだけ非合理でも、どれだけ納得できなくても、潜在意識の方に従った方がいい方向に進むのだ。それが潜在意識というものなのかどうかは知らないけれど。多分そう言われるだろうもの。

わたしの中にゆるぎなくあるもの。

結局、わたしはわたしの未来をなんとなく知ってるんじゃないかと思う。なんとなく、どちらの方向に行けばいいのかを分かっているんじゃないかと思う。

だからいくら頭で理性で考えて、納得させようとしても納得しない。

きっとそういうものなのだろうなと、最近はそれに逆らわないようにしている。

不安はある。このままのんびりしていていいのだろうか、とか。でも、そんな焦りがあろうがなかろうが、結局のところ、物事はなるようになり、進むように進んでいく。