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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

たぶん、転機。

一大決心をして、自分の人生を揺るがす決断を伝えた。


驚くほどに、びっくりするほどに、なにひとつ変わらなかった。


周りの対応も、職場のひとたちも。


そのことに触れることすらなく、


その決意を伝えたことですら、


忘れてしまうほどに。




なにひとつ、変わらなかった。



淡々とした、普通の日々が続く。



きっと、終わる日まで、そのまま。



不思議だった。

もっと、何かが変わるものだと思っていた。

批判されたり、否定されてたり、避けられたり。

でも、何も変わらない。

それを恐れていることであればあるほど、

驚くほどに、何ひとつ、何ひとつ。

変わらないのだ。



そんなものなのかもしれない。



たとえどんなに誰かにとって人生が変わるほどに衝撃的な出来事であったとしても、それはその人だけのものだ。


自分以外のひとにとっては、どこまでもどこまでも、他人事だ。


それは、とても残酷なようでいて、とても有難いこと。


わたしたちは、自由だということ。


わたしたちは、自分の心のままに選択できるし、それで自分の世界が変わったり崩壊したりすることはないのだ。


自分が行くべき道を、取るべき方法を取っていたら、何ひとつそこに障害は発生しない。


ただ、なにひとつ波立たず、そのまま先へ行け、と促されるのだ。


もし、行く道が間違っていたら、ふんわりと、はっきりと、立ち止まるようにと言われる。


それは、誰かの発言なのか、何かの出来事なのか、自分の体調なのか。それぞれだけれど。


いつの間にか軌道修正がなされて、そうして違う道を歩むことになっている。


人生って意外とそういうものだ。


自分で考えて決断して行動して舵を取っているようで。


実は周りのサポートが得られている。


進むにしろ、戻るにしろ。


その基準は、きっと自分が本当に自分の本心に従って、素直に行動しているかどうか。


それだけなのだと思う。


わたしたちは頭で考えて見失ってしまうから、それを誰か別の人だったり、出来事だったり体調だったりから教えてもらう。


そして、ああ、こちらは違ったんだ、まだタイミングじゃなかったんだと知ることができるのだ。


人生はそんなことの繰り返し。


決めているようで導かれているようで、


選んでいるようで選ばされているようで、


それを自分にとってどう定義づけるかもまた自分次第。


自分が考えた通りにならないから、


自分が心配した通りにならないから、


人生は面白い。



普通で、異常な、そんな日々を進んでいく。

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