心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

この世界の片隅に 〜すず〜 わたしたちは、生きていく。

わたしはぼうっとしとるけえ。



いつも、いつも。


にこにこ笑って。



楽しかったのも、

嬉しかったのも、

愛していたのも、


ぜんぶ、ぜんぶ、ほんとうだけど。


でも、あいまいな、ふわふわとした、えがおのしたで。

そんな、ことばでたくさんのことを、みないふりをしてきた。


たくさんの、じぶんの、ほんとうの、きもち。
 


山の中で、寂しそうに、悔しそうにしている、


あの、背中が好きだった。


あの、不器用さが好きだった。


でも、わたしをお嫁にもらいたい、という人が来てしまった。


嫌だったら、断ったらええよ。



でも、


嫌、


って


なんだろう。



嫌、ではないよ。


嫌、ではないけど。


でも、好き、でもないんだよ。


嫌、じゃなければ断れないのかなあ。


わざわざ、呉から広島まで来てくれた人。 


知らない、人。


でも、嫌、じゃないよ。


嫌、じゃなければいっしょになるのかなあ。


こんなふうに。


わたしの人生はながれていく。


嫌、じゃないかどうかなんて。


あんまり考えてこなかったから、わからないよ。



優しい夫。


優しい家族。


優しい場所。


優しい人たち。



わたしは、しあわせだよねえ。



わたしは、絵を描いている。


わたしは、絵を描き続けている。


わたしにとって、絵を描くことは、


生きること。


わたしにとって、絵を描くことは、


呼吸をすること。


わたしのすべては、絵の中にある。


色あざやかで、美しく、誰にも、何にも、制限されることのない、わたしだけの自由の国。


幼い頃、絵を描くための鉛筆がなくなりそうだった時、鉛筆をくれた人。あの、寂しそうな背中の人。


妻になってから、戦争が始まってから、取り上げられたわたしのノート。

でも、夫がまた小さなノートを渡してくれた。


わたしの世界。


わたしだけの、小さな世界。


その中でなら、わたしは自由でいられる。


わたしの言葉は少ないけれど、

わたしの行動もささやかだけど、


でも、絵の中では、わたしは自由に羽ばたける。



でも。


それは突然終わってしまった。


空から爆弾がたくさんたくさん落とされた。


みんなで肩を寄せ合って、防空壕の中で息を潜めて。



なんとか、なんとか、助かった。


助かった、のに。


目が、覚めたら。


右手の先にいた、



あの子はいなくなっていた。



わたしの右手と共に。



時限爆弾。


気づくのが、一瞬遅れた。


あの時、あと一瞬早く気付いていれば。


右手じゃなくて、左手を繋いでいれば。



なんで、わたしが生き残ったんだろう。


なんで、こんなことになってしまったんだろう。



助かって、よかったね。


経過が良くて、よかったね。



何が、何がいいものか。



あの子はいなくなった。


わたしの右手も。


なぜ、生きているんだろう。



あの子の笑顔を見ることもなく。



絵の世界にあふれていたすべてが、


ほころんで、現実の世界に染み出していく。


あの、美しく、優しい、絵の中に閉じ込めていたわたし。


その、わたしがどんどんと漏れ出していく。



うまくいかない。



つたえられない。


だって、絵の中でしか表現してこなかった。



本当は大好きだった。


でも今はあなたじゃない。



今の夫のことが、


どうしようもなく、


どうしようもなく好きなのだ。


だから、あなたの手は取れない。



だから、素直になれない。


だって、好きをどう表現したらいいの。


今まで、ただながれていったわたしの気持ち。


鉛筆と、絵の具と、ペンに染み出していったわたしの心。



大好き。


大好き。


そばにいて。


わたしの手を握って。


あなたの手を握らせて。  
 


そして、抱きしめさせて。



鷺が飛ぶ。


鷺が飛ぶ。


死の匂いに満ちた、


爆撃の呉のまちを。


美しく、白い、鷺が。


戦争が終わる。


信じていたものが、


わたしたちの、正義が、


いま、死のうとしている。



逃げて。


逃げて。


あの山の方に。


爆弾も、ミサイルも届かない、


あの向こうへ。


もう、それだけが、拠り所なのに。


戦争が終わる。


わたしたちは、負ける。


でも、わたしたちが掲げた正義だけは、



正義だけは、死なないで。



それは、わたしたちの希望。


鷺の飛び去った空の向こう。


原子爆弾が落ち、キノコ雲が、上がる。



圧倒的な、力が、暴力が、鷺を包み込む。



戦争が、終わる。


わたしたちの、正義も。



わたしたちの、正義は。



暴力に屈したのだ。



わたしたちは、世のため人のため、日本国政府のために、正しいことを、正しいことをしてきた。


だから、ごはんがなくなっても、いえがなくなっても、たいせつなひとがなくなっても、


それでも、



耐えたのに。


信じていたのに。


あっけなく。



わたしたちの世界は終わりを告げた。



あの懸命に送った日々も。なくなってしまった家も、失われたたくさんの大切な命も。



そのためになら、と歯を食いしばったのに。



なんの、いみも、なかった。



あの子が死んだことも。


おにいちゃんが死んだことも。


おとうさんが死んだことも。


おかあさんが死んだことも。



ぜんぶ、ぜんぶ。



なんの、


いみも。




それでも、



それでも、



明日は来る。



ごはんを食べる。



大切な人がいる。



あんなに泣いて、



あんなに絶望したのに。



それでも、また。



わたしたちは笑える。



わたしたちは、生きていく。




きょうも、あしたも、あさっても。



この手がぬくもりをうしなうまで。




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