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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

えんとつ町のプペル展。 ひとつの終わりと次への始まり。

長い、長い一か月が終わった。


「えんとつ町のプペル」展。

クラウドファンディングで資金を集め、何千人もの想いで出来上がった、奇跡の場所。

その、最後の日。

個展が終わってからの打ち上げ。

体調が万全ではなかったから、とにかくありがとうと、おつかれさまを伝えたい人に伝えて、そして会いたい人に会って言葉を交わして、早々に帰るつもりだった。


けれど、なぜか最後まで、その場に残ってしまった。


「えんとつ町のプペル」が、西野さんがわたしにくれたものを思うと、どれだけ時間があっても語り尽くすことはできない。


わたしは、この絵本と出会ったことで、わたしの可能性を知った。わたしの可能性を教えてもらった。

すべては、きっとこの絵本から始まった。

11月30日でこの個展は終わり。でも、この個展から、「えんとつ町のプペル」の物語から、たくさんのものをもらったわたしの、わたしたちの人生はこれからも続いていく。

もらったその分を返したいから何かをするというわけではないけれど、でも、たくさんのものを、本当にたくさんの、到底抱えきれないほどのものをもらった、そのお礼を何らかの形でしたい。

そう思ったとき、きっとそれは、この絵本を読んだ人が、この個展に来た人が、自分自身の星を見つけて、その星を信じて現実の世界で一歩一歩、歩いていくということなんだろうなと。

わたしはこの文章に西野さんが感動してくれた日を、この文章を個展に飾ってくれたことを、決して、一生忘れないだろう。

わたしは、西野さんがそう伝えてくれたことで、まっすぐに、素直に発信してくれたことで、その心のままに行動してくれたことで、自分の文章が持つ可能性というものに気付くことができた。

今までも、友人からたくさんの有り難すぎる言葉の数々をもらっていたけれど、きっと友人だから、直接会った人だから、そう思ってくれるんだろうなあってどこかで思ってた。

けれど、違った。

全く面識の無い人に、そしてたくさんの感想に接してきているだろう人に、たくさんの文章を書き、読んできている人に、こんなにも届くのかと。



それは、わたしにとっては奇跡の瞬間だった。



ぼんやりと、空の彼方に浮かんでいた光が、はっきりとした星になった瞬間だった。


あの時の衝撃と嬉しさと感動は、生涯忘れることはない。


あれから、絵本は発売の日を迎え、個展は終わった。


あの日の感動はわたしの中に残り続けるけれど、その感動に浸って過去に生きることはしない。

また新たに、今度は自分の足で踏み出す必要が、ある。

あの時もらった星のかけらを胸に、自分で見つけた星を見て、ただただ、自分の心に従い一歩一歩、進んでいく。

非難されても批判されても拒否されても孤独になっても。

けれど、わたしは孤独にはならない。わたしの周りには、決して離れることがないだろう友がいる。離れてもきっとまたどこかで巡り会えるだろうと信じる友がいる。もう二度と会わなくなったとしても、もらった時間にただ感謝できる友がいる。


そして、何よりも。「えんとつ町のプペル」がくれたこの言葉がある。



信じ抜くんだ。たとえ一人になっても。



この絵本の、この言葉の通りに、自分自身を信じて進む。

そして。

一人になっても、と覚悟を決めて、進み始めたとしても。



決して一人にはならないのだ。



この絵本の中に、間違いなく、わたしを、あなたを、信じている人がいるから。


たとえ一人になっても、自分が見た星を信じぬくことを強く、強く伝える言葉。

この言葉があるから、この言葉を発した人がいるからこそ、この絵本に出会った人は「一人じゃない」。

例えそれが絵本の中の話でも、会うことがない人の言葉でも、それでも、この言葉を受け取ることで、信じることで、わたしたちは一人ではなくなる。

世界にたった一人でも、自分の無謀な、馬鹿げた挑戦を、信じて応援してくれる人がいる。

そんな人が、この絵本の中にいる。それは、何よりもの心の支えなんじゃないだろうか。

自分のどんなに馬鹿げた無謀な挑戦も、否定することも笑うこともなくただ「自分の信じた道を行け」と伝えてくれる、励ましてくれる人がこの世にいるのだと。

この絵本は、この言葉は、そういうものだと思う。


この絵本に出逢えて良かった。


西野亮廣という人に出逢えて良かった。


感動するばかりではなく、感謝するばかりではなく、わたしはわたしの道を進んでいかないと、とそう思う。


西野さんに会うということは、「えんとつ町のプペル」を読むということは、きっとそういうことだ。


自分の人生を生きること。


11月は、わたしの誕生月だった。11月3日から始まった個展は、まるで長い長い、わたしにとっての誕生日プレゼントのようだった。

そんなことを思っていたら。

わたしがとても尊敬する、数多の困難や非難と向き合いまっすぐに。美しく強く輝く本当に素敵な友人に。

とても鮮やかで美しい花束をもらってしまった。

会えただけでも嬉しかったのに、そこに彼女のこんなに素敵な心遣い。本当に有難くて嬉しくて、よりいっそう、この夜を忘れない、とそう思った。


もうそれだけで、本当に本当に嬉しかったのに。

なんとなく、帰り難くて離れ難くて居座ってしまったその会場で。

最後の最後に、奇跡が起こる。
個展を創り上げてくれた、デザイナーのハヤシさんの想いと、プロデューサーの田村さんの粋な計らいと、西野さんのあたたかな優しい笑顔から。



わたしは一生涯のプレゼントをもらった。


個展会場に飾られていたパネル。


あの会場で一か月、たくさんの人の想いを共にした、世界にひとつだけのパネルだ。

何万人もの人と出会い、何万人もの人と語り、その人の想いを受け取り、そして返したパネル。


わたしにとってはそれはただのパネルではなくて。たくさんの想いを一心に受け止めた世界にひとつだけの、本当に大切なもの。


個展が終われば、ゴミになる、それ。


でも、ゴミってきっとそういうものだ。


たくさんの人の想いを一心に受け止めて、


そうして時が来たら捨てられてしまうけど。



その中には、間違いなく、そのものを使ってきた、そのものと過ごしてきた、そのものと向き合ってきた人たちの想いが詰まってる。


えんとつ町のプペルの主人公、プペルはゴミ人間。

そのプペルを構成していたゴミのひとつひとつは、

そんな風に、大切に、大切に想われていた、もの。

だからこそ、いのちが宿ったんじゃないだろうか。


わたしが手にした「ゴミになるはずだったもの」。


わたしが手にした「世界でひとつだけの、宝物」。


そういうことだ。それだけのことだ。


きっと、どんなものも、どんなこともそうなのだろう。

それをどう見てどう向き合うか。どう付き合っていくか。

わたしたちが、どう在るか。それだけの、違いでしかない。


ゴミを手にするか、宝物を手にするか、それはわたしたちが決めること。


わたしは、この「えんとつ町のプペル」に出会って、ここには書ききれないほどの、一生涯の宝物を貰いました。


この絵本の制作に携わってくれた人、この個展の開催に携わってくれた人、これらを通じて出会えた人、同じ時間を過ごした人、そしてわたしの投稿を通じて「えんとつ町のプペル」に興味を持ち、触れたその感動を伝えてくれたり、絵本を買ってくれたり、個展に行ってくれたり、クラウドファンディングを支援してくれたりした、すべての人へ。

本当に、本当に、ありがとうございます。


わたしは、わたしの道を進んでいこうと思います。

遅いかもしれないし、危なっかしいかもしれないけれど、わたしなりの速度で。


本当に、ありがとうございます。心からの感謝を込めて。



「えんとつ町のプペル展」は、これから全国行脚の旅に出ます。タイミングが合えばぜひ。その地の個性的な主催者さんの彩りが添えられた、個性あふれる「えんとつ町のプペル」展に行ってみてください。

なんと明後日から!次は名古屋で開催です。
名古屋の「えんとつ町のプペル展」はビルを丸ごとアートで埋め尽くしたその最上階に現れます。
3階から7階まで、全くの別世界になった大須の観音ビルへ是非!!

ゴヤビルエンナーレ
12/3〜12/27 平日12:00〜20:00、土日祝日11:00〜19:00
アクセス(上前津駅10番出口すぐ)


チケットの購入はこちらから。
えんとつ町のプペル展&アンチクライヒト展入場券:前売り1000円(当日1200円)

「えんとつ町のプペル」の絵本はこちらから。

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