心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

満月に向かう日の奇跡の時間。ただ同じ時間を過ごすだけで受け取れるもの。

満月の前の夜。


とてもとても、素敵な時間を過ごした。
ここのところ、本当に素晴らしい時間ばかりを過ごしているけれど、今晩は更に。

彼女たちと過ごす時間は、いつもいつでも幸せで。
何度でも何度でも、共に過ごせることに感謝する。

彼女たちと過ごす時間こそが、わたしにとっての宝物。
彼女たちとご縁が繋がったそのことが、本当に幸せだ。

何度過ごしても何度会っても、いつも素敵な話ができて。
いつだって前向きに語り合うことができる、この時間が。


本当に、本当に、得難くて。

本当に、本当に、素晴らしい。


彼女たちと過ごす時間で、わたしはたくさんの宝物をもらう。直接的にもらうこともあるし、誰かへの語りかけの中で見つけることもある。

同じ時間を過ごしている、その中で。ただ話を聞いているだけでも、たくさんの、本当にたくさんのものをもらい続けるそんな時間。


この夜、わたしは直接的に何か言葉をもらったわけではない。
でも、話しているうちに気付いてしまったのだ。


わたしには、もうほとんどお金への恐怖がないということに。


あれだけの価値ある絵を購入し、貯金の残高がゼロになったとしても、なんとかなるし、なんとかしていくんだな、という、どこか吹っ切れたような、妙な安心感の中にいる。


正確に言うと、表層意識では大丈夫なのか?と不安を抱いているけれど、潜在意識がなんとかなるさと落ち着き払っているような。


それは不思議な感覚だった。

わたしの人生は、お金への不安と共にあった。

わたしの家は決して裕福ではなく。
わたしは子ども心に親に負担をかけてはいけないと、いろんなことを我慢した。
そして、いつもお金が無くなったらどうしよう、と怯えていた。

それは社会人になって自分でお金を稼ぐようになっても変わらなかった。貯金を貯めてもそれは尚。

けれど、今、そんな不安とは無縁の日々を過ごせている自分がいる。
それは、間違いなく彼女たちがいてくれたから。いつも、いつだって、自分の心に従って、まっすぐに自分の人生を前を向いて笑顔で歩み続けるひとたちが、わたしの不安を後悔を、やさしい風で吹き飛ばしてくれた。

それは夢見がちに素敵な未来を信じるということではなくて。

自分の足で歩いていく、自分を信じて生きていくということ。

何があってもどうなっても、なんとかしてみせる。という自分への信頼と自信。

それが不安を消し去ったのだ。

不安の大きさと現実の大変さは全くもってリンクしない。

たとえ何億という資産を持って、優しく愛情深い伴侶を持とうとも。

その人が不安だ、とひとたび思えばそれまでのこと。

現実がどれだけ恵まれていようが、現実がどれだけ貧しかろうが、それと不安の大きさとは別問題。


それは、自分の心のありようがどうか、というそれだけのこと。

わたしは今、とても素晴らしい人たちに恵まれて、日々を幸せに過ごしてる。

それは、やっぱりここから始まっている気がするのだ。

彼女たちと、出会えたこのご縁。

彼女たちと繋いでくれたあの場。

あの日から続くすべての日々が、

わたしをここに、導いてくれた。


いつだっていつまでだって、何度だって繰り返し、あの出会いには感謝しかないと、そう思う。


この日の夜のこの時間も、本当にたくさんのものを頂けた、本当に素晴らしい時間でした。

心から、心から。本当にありがとうございました。

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