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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

杉本博司 ロスト・ヒューマン展

今日 世界は死んだ。


もしかすると昨日かもしれない。


杉本博司 ロスト・ヒューマン


それは、人類滅亡の黙示録。

様々な立場の者から語られる、様々な原因の人類の終焉。

かつて栄華を誇った人類は、ある時あっさりと滅亡した。


これは、平行世界に存在する、数多の人類の死の記録。


その記録の一部の保管場所だ。


様々な人々が、様々な語り口で、滅亡への歴史を語る。


それは絶望だろうか。


この展覧会に満ちているのは死の記録。


朽ち果てたトタン板に区切られたその空間は、立ち入った者に終焉を迎えた世界を想起させる。


廃墟に並べられるのは、滅亡を語るコレクションの数々。


ひとつひとつに、その滅亡の渦中にあった者の手書きの遺書が添えられる。



そこに、絶望はない。

そこに、希望はない。



ただ、事実だけがある。



生も死も、進化も絶滅も、すべてはただの「起こったこと」。


連綿と繋がる日々の中でのひとつの事象に過ぎない。


地球という、宇宙という枠組で見た時、そこには事の大小も、事の是非も存在しない。


ただ、ある。


ただ、あった。



それだけのこと。



だからこそ、彼の展示には温度がない。


ただ、淡々と。まるで朝日が昇り夕日が沈むことを語るように、それらが構成されているのだ。


その場は明らかに死の気配に満ちているのに。そこに展示されているのは滅亡の証拠なのに。廃墟と、虚無と、絶望と。それが満ち満ちたその場所が、それでも淡々としている、無味無臭である、静かであることは。


それこそが彼のあり方を表していた。


これほどまでの死の記録を前に、わたしの心は静かだった。ただ、穏やかに、これらの事実をただただ見据えるように、展示を見終わった。


そして帰る道すがら、唐突に思ったのだ。


絶望を語ることができるのは、未来に希望を持つ者のみだ。


本当に絶望している者にとって、未だ起こっていないとはしても、その絶望は真実であり、それを口に出来るものではない。なぜなら、口にしたその瞬間に、現実として目の前に迫ってくるからだ。それはすなわちその者自身の世界の終わりを自ら告げること。


絶望を語ることは、その裏側にそれを回避する希望を見ているということ。
深い絶望を語ることは、どうしようもなく理不尽な現実を語ることは、その裏にそれでも生きている今の希望を見出すこと。

絶望が深ければ深いほど、それでも今この時を生きるのだと決意しているからこそ、表現する。語る。歌う。

ただ絶望している者は語らない。今この瞬間から消えていくだけのこと。

絶望を語る者はある意味強いのだ。
そこに感情を込めずに淡々と語ることは尚。

感情を込めないということは、絶望に抗することも、飲み込まれることもないということだから。


感情を込めれば、引き込まれる。感情を動かすことは、その絶望の実現可能性に引きずられているということ。

どんな絶望が目前に現れたとしても。
ただ、事実としての、可能性としての絶望を見る。

そうして、そこから静かに考えるのだ。

自分が、自分たちがこれからどうするのかを。



人類の滅亡の記録を通り抜けた後に待っていたのは、廃墟の映画館。


誰ひとり観客がいない劇場で上映されるフィルム。写真の連続。時の連なり。

人類がいなくなったその場所で、誰ひとり見る者のいないその場所で、流れ続ける人の生きた証。命が存在したその一瞬を切り取った写真の連続が、ただ流れ続ける。


そのフィルムの中には人が生きていた時間が記録され。それが上映される劇場には、かつて人が生きた跡が残されているのだ。


本当は、どんな意図でこの劇場の写真が撮られたのかなんてわからない。


わたしは、この場所に足を踏み入れたその瞬間、意味がわからない、なんだこの空間は、と純粋に思ったからだ。


廃墟の映画館の写真の下に飾られるのは、虚無の文章。偉大なる文豪たちによって描かれた、美しき、崩壊と無常の言葉たちだ。


そして。


こんなにも、絶望と虚無と無常が満たすこの空間の、背後にあったのは、戦慄するほどに神々しい、三十三間堂の観音立像だった。



絶望と、虚無と、無常に満たされた世の中で。



それでも、美しき極楽浄土を見るのだ。


いや、そんな世界だからこそ。


その裏側には涅槃がある。



杉本博司 ロスト・ヒューマン展
本日まで。ご縁を感じた人はぜひ。

あまりにこの世界に引き込まれて、わたしはうっかり本を買ってしまいました…。

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