心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

すぐ近くに迫る別れ。「今」この時に感じたその想いを大切にすること。

父が癌になって。


手術は成功したけれど、

転移する恐れがある、と。

 
もう両親もいい歳だから、いつか別れが来ることに、そろそろ備えないといけないな、と思っていたわたしより。


母の動揺が大きかった。


いつか、と思って、老後のために、と思って。

そうしていくらお金を貯めたとしても、命がなくなってしまえば終わりなのだ、と。


そんな当たり前のことに気付く。


病気になる、とかならないとか。


そんなことはまったく関係なく。


本当に当たり前すぎることだけど。


命は必ずいつか終わってしまうのだ。



それは、今日かもしれない。

それは、明日かもしれない。



その時、が来るまでなにひとつわからないけれど。


確実にわかっていることがひとつだけ。


その日が必ずやって来ることだ。


いつか行きたいと思っていたあの場所も。

いつか伝えたいと思っていたあの言葉も。


その日が来てしまったら。


どれほど強く思っていたとしても、願っていたとしても。すべてがさらさらと消えていく。


まるですくってもすくっても手にとどまることのない水のように。

なにひとつ、もはや、なにひとつ。彼岸に行ってしまったその人に、現実の世界で作れる時間はないのだ。


だから。


行きたい場所があるのなら。


伝えたい言葉があるのなら。


そう思った、今この時に行かなければ。伝えなければ。


そう思う母の気持ちは痛いほどにわかった。


だから、彼女が家族と共に行きたいのだと、そう願うならわたしは全力で彼女の願いを叶えようとおもった。


このまま何事もなく何年も何十年も過ぎていくのかもしれない。


取り越し苦労なのかもしれない。


けれど。


そう思う、今が大切だから。


あの時、こうしておけばよかった、なんて。


そんなことは思わせたくはない。


時間もお金も限りがある中で、わたしにも出来ることには限りがある。


親のためにだけ生きているわけじゃない。


わたしには、わたしの大切な時間がある。


それでも、今この時に大切にするものはわかっているつもりだ。


自分の時間が出来たら、お金に余裕が出来たら、ではなくて。


今、この時にその想いに応えること。


それが何よりも大切なことなのだと、わたしは知っているから。


今この時にしかその想いは存在していない。


だからこそ、今この時に応えなければ、もう二度と、あの時のあの想いに応えることの出来る日はやってこない。


あの時、は永遠に喪われる。


行かなきゃ良かった、言わなきゃよかった、そう思うこともあるかもしれない。


でも、「今」そうしたいなら、「今」そうすべきなのだ。


結果がどうであろうと関係ない。


「今」その気持ちに嘘をつかないこと。

「今」その気持ちに嘘をつかせないこと。


それ以上に大切なことなんて、ない。


だから、


彼女が今それを望むなら、そして彼がそれを受け入れるなら、わたしは彼女の望みを叶えようと思う。


いついきなりわたしの前から永遠に喪われてしまうかわからない彼女。


祖父も祖母も伯父も、突然わたしの前から喪われた。

予兆はまったくなかった。

ただ普通に続いていくと思っていたなんでもない日に、彼らともう二度と会えなくなったことを知らされたのだ。


だから、いつもわたしにとって親族の死はどこか違う世界の出来事のようだった。


病室で弱っていく姿を見ていたわけではない。


年齢と共に衰えゆくその先に、そろそろと覚悟したわけではない。


いきなり、彼らはなんの前触れもなくわたしの前から喪われたのだ。


あの頃のわたしは泣けなかった。

周りで泣き叫ぶひとたちを横目に、

涙ひとつこぼれない自分をなんて冷たいのだと思った。


けれど、それはあまりに突然のことで、あまりにも現実離れしていて、その事実を受け入れることが出来なかっただけだった。


成人してからまた近親者の死に直面して、そうしてようやく涙を流すことの出来た自分にそれを知った。



大切なひとは、いつだって突然喪われてしまう。


そういうものだ。


だから、大切なひとが、「今」それを望むなら、躊躇いなくそれを叶えることが出来る自分でありたいとわたしはあの時誓ったのだ。


ひとりひとりにとっての「今」を取りこぼさずに感じること。


その、感じた「今」を逃さずに行動出来る自分であること。


それが、わたしが目指すあり方のひとつだった。


この日は、母がずっと行きたかったという日本海側の旅館を訪れた。

色々と想定外のこともあっただろう。わたしもここ数日の忙しさで疲労困憊だった。


けれど、家族で、ここに来たこと。


それが何より意味のあることだった。


だから、それでよかったのだとそう思う。


風は強く海を眺める余裕なんてなかった。


料理は多すぎて美味しいよりも苦しかった。


子どもが走り回っていて静かとは程遠い館内だった。


それでも。


それでも。


来てよかったのだ。


来てよかった。



どこに行くかは関係ない。


そう思ったその時に、ともに過ごしたいと思うひとと過ごす。


それだけのことだ。


それだけで、かけがえのない、本当に大切な、そんな時間になる。



そんな時間を積み重ねて、生きていきたい。

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