心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

うまくいかないもの。ズレるタイミング。たまにやってくる停滞期。

ここのところ、うまくいかないことが続いていた。

それは、仕事がうまくいないとか、トラブルに巻き込まれるとか、そういうことではなくて。

自分のリズムが狂ったまま戻らない、という自分自身にだけわかる不調。

一年かけて築いてきたリズムが、この数ヶ月で、まるでなかったことみたいに消え失せた。

かつての怠惰でどうしようもない自分が戻ってきて、ここ1年のリズムを刻んで生きてきた日々がまるで嘘のようだった。

何度もリズムを戻そうと試みて、何度も挫けた。

それは、何度かの継続の後に元の木阿弥に戻るのではなく。

ただ、最初のその一歩目から躓くのだ。


これはなんだろうかと、ただただ不思議に思った。

わたしの意志はこれほどまでに弱かっただろうかと。


何度も決意して何度も躓いて、一歩も先に進まない日々が続く。


色あざやに開いていき、素晴らしい出会いとご縁に恵まれる日々と対比した時、まるでわたしの日々は灰色で、自分がなにひとつ出来ないでくのぼうであるような感覚すら抱く日々だった。


膝を痛めマラソンを棄権し、そのためにトレーニングのやる気すら失っていた。


今日で辞めるつもりでスタジオに行った。


そこで、わたしはまだ歯を食いしばって頑張れる自分を見つけた。


痛くて辛くてしんどくて限界を感じていても、「もう無理だ、出来ない」と言わない自分を。


わたしはまだ進めるのだ。

わたしはまだ続けられるのだ。

わたしはなにひとつ諦めずに、

今やりたいことを、大切なことを、

これからもずっと続けようとそう思う。


辞めるつもりのものがもうひとつあった。

けれど、自分で自分の可能性を否定せず、


続けられると信じようとそう思った。


わたしは今まで3年以上続いたものはない。


そして、とてもとても移り気だ。


次から次へと新しいものに手をつけて、あれやこれやと試したがる。


でも、もう一度、続けられる、と。信じられる、と。


わたしは三日坊主で集中力も継続力もないけれど、今はそれでもその先に向かって日々を積み重ねていこうと思うのだ。

続けることだけが素晴らしいというわけではないけれど。

それでも、続けた先にしか見えない景色があるから。

だから、やり始めて自分がこれだと思うなら、3年は続けてみたい。

それで違ったら方針転換、方向転換すればいいけれど。

でも、それは前向きな理由からだ。今のわたしのような、後ろ向きの理由からではなく。


たまーにこうして停滞してみる。落ち込んでみる。


それもまた人生の彩りだと笑えるくらいになりたい。



そんなことを思う、火曜日の夜の話。

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