心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

Cooked 人間は料理をする 〜火〜 vol.2

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食事は寛容や愛の象徴であり


人類にとって食事が持つ意味は大きく、進化の鍵


ごちそうを作る時間は自己犠牲に満ち、他者との繋がりを感じる充実した時間です。


Cooked   人間は料理をする




伝統的なバーベキューの手法を守り続けている地方がある。

バーベキューは父から息子に受け継がれる家族の絆。

男が寝ずに番をして、24時間かけて焼き上げる、命の時間の結晶だ。

 

楕円形の大きな釜に、豚を丸々一頭横たえる。

そのまま蓋を閉めて蒸し焼きに。

温度を逐一細やかに確認し、豚をベストな状態に仕上げる。


シンプルだけど最高峰。


豚と、木と、火と。


すべての魅力を引き出し調和させなければ、最高のバーベキューにはならない。

 

だからこそ、バーベキューが上手く出来たら一人前。

 

そして何よりバーベキューは、大地の恵みへの感謝と家族や大切な人をつなぐ絆だ。

 

豚一頭を一人でなんて食べられない。

それを一晩じっくり寝ずに番をして。時間をかけて料理する。


それは誰のためかと言うのなら。


それは自分が大切にしている人のため。

その人たちの笑顔を見たいから。その人たちが美味しいと喜ぶ顔が見たいから。

 

大切な人が素晴らしい恵みを囲んでその美味しさに感動すれば、それだけでその場はあたたかくしあわせなものになる。

 

豚を大切に育てることも。

その豚を大切に料理することも。

 

それはすべて、目の前にいる人を幸せにするためなのだ。

 

大切な人たちに食べてもらう豚は、幸せな豚がいい。

大切に大切に育てられた豚は、やはり美味しいから。

それは、その身にたくさんの幸せと愛情が詰まっているから、と言うと言い過ぎだろうか。

 

出来るだけ自然に近い形で、出来るだけのびのびと、毎日大好きだよって伝えて。

そんな豚が、美味しくならないはずはないのだ。

 

そんな豚を心を込めて精一杯料理することが、自分に繋がる人たちを幸せにする。



小さなゲージに閉じ込められて。噛んで感染症になるのを防ぐために尻尾を切られて。青い空も陽の光も緑の大地も知らない。


ただ灰色の日々にうずくまる豚たちが幸せだろうか。


わたしたち人間ですら、一番の毒のひとつはストレスだ。ストレスで病気になる。ストレスによって心臓すら止まる。


それはきっと豚も同じ。


様々なストレスによって苛まれた豚は、きっと美味しくはないのだ。それが美味しいのだとしたら、どこかで誤魔化されているのだ、きっと。



すべては巡り巡り輪になっている。


幸せな豚の肉がわたしたちを幸せにし、そんなわたしたちが周りの人たちを幸せにする。幸せなわたしたちは豚を食べるためとはいえ狭く小さいゲージに閉じ込めないだろう。わたしたちにとってその光景を見ることは幸せではないからだ。



すべては繋がり次へと続く。



まるで螺旋階段のように。



巡り巡る命と火。



わたしたちと料理はここから始まった。



わたしたちの体はエネルギーで動いている。エネルギーとは燃焼だ。燃焼とは火のことだ。



わたしたちは、生きているだけで火と共に在る。



そんなわたしたちが、外の世界に火を求め、それを使って自分の身により素晴らしい火を、燃焼を、エネルギーを巻き起こそうとしたことは、当然だったのかもしれない。



cooked 人間は料理をする 〜水〜 へ


映画はこちらから。


原作本はこちらから。

人間は料理をする・上: 火と水

人間は料理をする・上: 火と水