心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

書道家龍玄 個展「飛翔」 龍の宿る場所。可能性に満ち溢れた、豊かな繋がりの場所。

書道家龍玄。


その書には、龍が宿るという。

その書は見る者の潜在意識を覚醒させる。


彼と。


初めて会ったのは、9月のこと。

友人の会社の創立記念パーティ。


たくさん話したわけではないのだけれど、彼に会ったあの時に、必ずこの個展に行くことを決めていた。


彼の書を見たのは一度だけ。

ほとんど彼のことを知らなくとも。

絶対に行くとそのことだけが決まっていた。


まさか、あんなことになるとは思ってはいなかったけれど。



人生は、何が起こるかわからないから、面白い。



当日わたしは受付をしていた。

彼の書があるその空間に、何時間もいることができるなんて、それだけでとてもとても価値のあることだと思った。


迷いはなかった。

ただその場所のその空気に浸りたい。

それだけだった。




田園調布駅からほど近く。


その場所は想像通りにとても美しく清浄だった。


何よりも、心地よいエネルギーに満ち溢れていた。


真っ白で、心がすうっと整うような、そんな空間に。



彼の書が鮮やかに並んでいた。



ひとつひとつが、個性的で。

書体も印象も異なっていて。


優しさ、

穏やかさ、

激しさ、

雄々しさ、

楽しさ、

軽やかさ。


ひとつひとつが、個性に満ち溢れていた。


ひとつひとつ、字だけではなくその印象が全く違う書。


それでも、このいろとりどりの書が、すべて龍玄さんなのだと、そう思う。


降りてきたものを「書」という形で顕わすとき、同じ書体では表現できないものがある。


力強さを表現したければ力強い書体に。


爽やかさを表現したければ爽やかな書体に。


心のままに、降りてきたイメージのままに、書き上げたその結果が、いろとりどりの書なのだろう。


それは、自分に制限を設けない、ということだ。


ひとりのひとが書く文字は、一通りでなくてもいい。


可能性は、いくらでもある。どんな姿にもなれるのだ。


そんな彼の書は、そのすべてを通して変幻自在の龍の存在を感じる。


彼の書には、そこかしこに龍の姿が見えるのだ。



その中でも一番多くの龍の姿を見たのは「飛翔」。

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その筆の穂先に、
その飛沫の片隅に、
宿るは雄々しき龍のかけら。

その書のどこを見ても、龍が宿るその姿しか見えなかった。驚くほどに、どこを見ても龍がいた。

彼自身の、これからの飛翔する姿を、そして彼と繋がる人々が、共に上昇していくその姿を見たような気がした。


飛翔、の名に相応しい。

圧倒的な、エネルギー。


この書に見合う場所はどこだろうか、この書に見合う場所はあるのだろうかとそう考えるほどに。


まさに、この個展のための、書。

「龍」の書よりも龍の姿を見る。

そんな不思議な感覚を覚える書。


それが、「飛翔」だった。



わたしが訪れた時にはすでに行き先が決まっていた「龍」。

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圧倒的なエネルギーを感じる不思議な作品だった。

何枚も何枚も書いた「龍」の中から選んだ一枚。


けれどそれは右上が不自然に切れていて。


それが「龍」の存在を更に神秘的にしているようだった。


見方によっては未完成にも見える「龍」。


だからこそ、余人には御し難く、本来であれば字が完結していて漏れ出ないはずのものが滲み出し、見る者に不思議な感覚を想起させる。


力に溢れ、今にも動き出しそうな「龍」。


彼はその途切れた部分を繋ぎ合わせるパートナーを求めていたのかもしれない。


そのためには、パートナーにも相応のエネルギーが必要。
だから、この「龍」を手にした人は間違いなく素晴らしい人だと、そう感じざるを得なかった。


この書を日常に置いて、この書に圧倒されず、まっすぐに目の前に対峙出来る人。


それほどの器がないと、この書を迎え入れることは出来ない。


これだけひとを魅了する書だというのに、しばらくの間、引き取り手が見つからなかったのだという。


けれど、ずっとこの「龍」を気にしていた女性の元に行くことが決まったと聞いた時、そうか、最初から決まっていたのだとそう思った。


パートナーが見つからなかったわけではない。


「龍」はもうパートナーを決めていて、彼女が決断するその日を待っていただけなのだと。


その時間が存在したことに、わたしは感謝したい。
なぜなら、その時間があったからこそ、わたしは「龍」と会うことができた。
「龍」に触れることができた。彼女に準備が必要だったからこそ、「龍」が彼女を待っていたからこそ、わたしはこの個展で「龍」との時間を楽しむことが出来た。


「龍」。
これほどまでに美しく魅惑的で、そして躍動感とエネルギーにあふれた絵を迎え入れる彼女が、これからどのように変容し、上昇していくのかが楽しみで仕方がない。


彼女はきっと、間違いなくこの書とともに高く高く昇っていくだろう。会ったこともない女性に対して、そんなことをすら感じさせてしまう書だった。



受付をした翌日。どうしても「神の意志」が忘れられず、個展会場にもう一度赴いた。

真夜中にごみ拾いをして、2時間しか寝ずにまた早朝からごみ拾いをして。そうして全力で歌を歌って体は明らかに悲鳴をあげているのに。それでもどうしてもあの書のもとへ行かなければならないような気がした。

この個展の期間中にあの書を自分の元へ招き入れるのだとそんな不思議な感覚をずっと覚えていた。
本当は、昨日のうちに買うと伝えたかった。けれど伝え損ねてしまった。個展会場へただ買うことを伝えるためだけに戻ろうかと思った。けれど戻らなかった。

だからこそ、翌日また個展会場に足を運ぶことになった。そこでまた素晴らしい出会いと、素晴らしい出来事に恵まれ続けた。

あの日のわたしには確信はあったのに、「買う」と伝えられるだけの勇気がなかった。
翌日訪れた個展会場で、わたしはずっと心の準備をしていた。今の手持ちでは買えないほどの書。そして、この書を持つことそのものに覚悟がいるのだとそう思ったから。

あの二日間で話してくれたすべての人に、わたしはたくさんの励ましと勇気と力をもらった。あの日ともに過ごした人に支えられての決断だったとそう思う。


人生は不思議だ。

金曜日、わたしは自分がこんな決断をするとは思っていなかった。

これからのわたしの選択を思えば、理解不能な、馬鹿みたいな決断。


今のわたしの収入や貯金からしても到底理解できないそんな決断だ。


それでも、わたしは土曜日には決めていたし、日曜日には行動した。


人生ってそんなものだ。

一寸先が光が闇かすらわからない。

けれど、だからこそ、面白いのだ。


わたしは、「神の意志」とともに、


この不思議で面白い世界を、自然体で流れに任せて楽しもう。



この日に繋がる、すべてのひとに。

この日に出会ったすべてのひとに。

この作品に連なるすべてのひとに。


心から、ありがとうございます。

わたしは幸せです。とても。

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「神の意志」とわたしを繋いでくれたひととともに。