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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

『生きているうちに。』なにもないところからはじめよう。今、ここから。

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今、生きている。
けれど、明日はわからない。
今、眠りについて。
明日、眼が覚めるだろうか。


生きている、うちに。


ジョン・キム氏の初の小説。
図らずも、これはまさにわたしの今と、今までの物語だった。この本を読むことは、過去のわたしと出会うことであり、わたしの経てきた選択を確認することだった。
わたしは今この時、出会うべくしてこの本に出会ったのだと、そう思う。

そしておそらく、著者のキムさんにとってもそう。
長い長い旅路の果てに、自らの手で掴み取った、人生を生きる上で決して手放してはならない大切なこと。

キムさんが生きてきたその人生のすべてを通して。必死で生きてきたその中で、ひとつひとつ、自分で見つけて自分のものにしてきた心の中の宝物。

キムさんの、魂そのもの。

それが、とても優しく、包み込むような、シンプルでわかりやすい言葉で綴られていく。

まるで、優しく温かい海の中に浮かんで揺られているような。

どちらの方角を見ても何ひとつ目印もない、どこまで行けば陸地に辿り着くかもわからない、ひたすらに地平線が続く海の上で、それでも穏やかにしっかりと、「わたしはこちらへ行く」と言えるような。

そんな風に、人の心の中に静かな自信と炎を灯す本。

この本は、悩み苦しみどちらへ進めばいいのかもわからずに、自分の声を聞くことすらうまく出来なかったかつての彼自身に宛てる手紙であり、そして、今まさにかつての彼のように、暗闇の中で自らを見失いそうになりながら、それでも前を向いて自分の人生を歩もうとする人たち、ひとりひとりに宛てた手紙なのだ。

不思議な旅をする青年は彼であり、青年を導く老人もまた、彼なのだ。

決して誰かに自分の人生の手綱を委ねてはならない。

誰かがあなたの人生を代わりに生きることはおろか、
あなたが、どちらへ行けばいいのかを導くことすら、

誰にも出来はしないのだ。決して。

世界で最も智慧のある人であったとしても、
世界で最も徳を積んだ人であったとしても、

一生決して、辿り着くことが出来ない境地。

それは今目の前にいるあなたがどちらへ行くべきかという、その行き先を教えることだ。

あなたがどちらへ行きたいかは、あなた自身が知っている。いや、あなた自身しか知りえない。
例え、自分自身の行く先も、辿り着く場所も分からなくても。進む道の一寸先すら見えなくても。

自分だけが、自分がどこへ行きたいかを知っている。

けれど、どこへ行くかを決めるその時に。

目的がなければならないだろうか。 
夢がなければ、ならないだろうか。

わたしたちは、この世に産まれ出でた時、夢を語っただろうか、目的を求めただろうか。

ただ、今この時を生きていたのではなかっただろうか。

それで、きっと十分に幸せだった。
毎日がきらきらしていて、目に映るもの全てが宝物だった。

自分で歩くことも話すことも出来ず、すべてを周りの人に支えられて。世界で最も迷惑をかけて生きていた。そんな存在だった。

けれど、その時、自分の大切なひとたちは、自分が生きているだけで、ただ笑っているだけで、とてもとても幸せそうだった。何も出来なくても、むしろ迷惑ばかりをかけていても。ただ、自分が生きているだけで、周りのひとたちは勝手に幸せになった。

本当は、それこそが自分の価値なのだ。

けれど、わたしたちは成長していくにつれ、勘違いをしていく。親が子どもを心配して思いやって良かれと思って言ってくれること、やってくれることを受け取り考え自分で自分を縛っていく。

勉強が出来なければ、運動が出来なければ、優しくなければ、大人しくなければ、言うことを聞かなければ、わたしは誰かを幸せにすることは出来ないのだ、と。

そんな風に、たくさんの条件を自分に課していくそのうちに、その条件に埋もれたその下の、自分の声が聞き取れなくなっていく。

そして自分の声を聞くために、必死で自分で決めた条件を取り去ったその先に、わたしには、夢も、目的も何もないと、愕然とするのだ。


けれど、それでいい。

なぜなら、そんなものは最初からはないのだから。

自分の人生を自分の足で歩むそのうちに、いつか見つかるものだから。それは、世界一の作家になるとかそんな大それたものでなくていい。ただ、毎日を家族とともに過ごす普通の日々を愛おしみたい、といったような、そんなありふれたことでいい。

天啓のように、わたしはこれで生きていくのだ、と閃くことがあるかもしれない。ないかもしれない。

それもどちらだっていい。

ひとりひとりが、自分が大切にしたいものを大切にする。
そして、どんな道を選んだとしても、過去も未来も関係なく、今この時を、目の前にあるこの瞬間を、ただただ愛おしみ大切に生きることがすべてなのだ、と気付くのだ。



旅立ちのときは来た。

君はもう前に進むしかない。

後ろに道はないのだから。


この言葉の通りに、この青年と同じように、何も持たないまま、準備も出来ていないまま、なにひとつ夢も目的も持ち合わせないままに、わたしは心のままに進んできた。迷走しているとしか思えないような日々を。そして、またこの本のエピローグのように、新たに今ここから始めようと思っている。

なにひとつ決まっていなくて、
なにひとつ持っていなくて、
なにひとつ保証もなくて、

それでも、不思議と心は穏やかなのだ。

まるで地平線しか見えない大海の真ん中で、それでも空の美しさと波の音の優しさに耳が傾けられるような、そんな感覚。

さて、どこへ、辿り着くだろうか。
どんな目的が、見つかるだろうか。
どんな夢がその先にあるだろうか。

なにひとつ、わからない、今。

それでも、一番大切なものを、誰にも譲れない自分だけのものを握りしめてまっすぐに進んでいけば、道は開けるのだと、そう思っている。

人生は、何かを成し遂げるためにはあまりにも短い。

だからこそ、大切なものを大切にできるし、そのために時間を使うことが出来るのだ。

すべてのものが有限であるからこそ、わたしたちはその美しさに、その奇跡に感動することができる。

有限であるということは、世界が鮮やかである、ということだ。



この本を、このタイミングで、わたしにくれた友人に、心から感謝している。
彼女はいつも、ベストなタイミングでベストな出会いを与えてくれる。
わたしの大切で尊敬する友人。そして、導きの星のひとつ。

常に優しく無邪気に笑う、あたたかい光のような彼女に会えたこと。そのことに、とてもとても感謝している。


そして。


そんな彼女とわたしを繋げてくれたキムさんに。
わたしがまさに、プロローグの青年のように、暗闇でもがいていたその時に、優しく光を注いでくれたキムさんに。

心から、感謝の言葉を伝えたい。

あの時はその光の尊さと密度のすべてを理解することは叶わなかったけれど。

あの日から、すべては始まり、すべては周り始めたような気がする。あの時に頂いた大切なご縁が、間違いなく、今のわたしの幸せを形作っている。

キムさんとはもうしばらく会ってはいないし、自分の旅をしている間は、会おうとも会いたいとも思わなかった。

あれからもうすぐ2年。

ようやく、エピローグの青年の場所に、辿り着けたような気がしている。

そして、改めて、お会いして心からの感謝を伝えたいと思っている自分がいる。

ようやく、自分なりに、あの時受け取ったものを咀嚼して消化して、自分の人生に活かしてきた、そのお礼を言えそうだから。

そんなタイミングでこの本を読めた、その奇跡にも感謝したい。

ありがとうございます。



『生きているうちに。』
ジョン・キム(サンマーク出版

生きているうちに。

生きているうちに。


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