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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

晴れの日も、雨の日も、風の日だって。その日その時限りの奇跡を見つけて喜び感動できるひと。

馬鹿みたいに何度も何度も繰り返すけれど、一日過ごして別れた後に、過ごしたみんなの笑顔を思い出して、改めてなんて幸せなんだろう、とそう思う。

わたしが思い出すみんなの顔は、いつだって満面の笑顔で、思い出すたびに幸せをもたらしくてくれる。

晴れの日は雲の美しさや日の光の美しさに感動して。
雨の日は幻想的な空の美しさや雨の恵みに感謝して。

雨が降って綺麗な空も美しい海も何も見えなくても。
この雨だからこそ見れる、目の前の素晴らしい景色に。

天気なんて関係なくて、いつだってそこにある美しさに、恵みに、感動して感謝して共に歩くことが出来る人たちに恵まれたことを。

そんなご縁が繋がって、今もまだ繋がり続けていられることを。

それなりの頻度で会っているはずなのに、彼らはいつも新しいニュースを持ってくる。片時だって、歩みを止めることはない。ひとりひとりがそれぞれのスピードで歩いていて。そうしていつだって前に進んでいる。

だれもがいつだって旅の途中にいて、いつだっていつまででも、自分が何を望んでいてどこに行きたいのか、そんな自分の声を真摯に聞き続けている。そして、その声の通りに行動し続けている。

どうしても、今までの癖が、習慣があってこれまでと同じ考え方に引っ張られてしまいそうなこともある。だから、何度も何度も丁寧に。

決断して、進んで、立ち止まって、話を聞いて、自分の声を聞いて、そしてまた決断して進む。

それが、わたしが彼らのことを好きな理由。彼らと共に歩みたいと、そう思う、理由。

いつだって、彼らは前向きに笑っていて。辛いことも悲しいことも迷うこともあるけれど、それでも前を向く。そこにあるものに感謝する。逃げたいようなその事柄から、何かを学ぼうとする。

そんな彼らのあり方を、この日も見せてもらったような気がした。この日は本当に特別な一日だったけれど。そのことだけで本当に素晴らしいことなのだけれど。改めて、今共に過ごさせてもらえている人たちの、素晴らしさに気付かせてもらえた時間だった、そのことも。とてもとても素晴らしかった。

晴れていても、雨が降っていても、何一つ関係ない。すべては、どんな自分でその景色を見つめるか。

雨が降っていて見えなくても、その雲の向こうに富士山はある。雨が降って空と海の境目がわからなくなったようなそんな景色こそが、幻想的で美しいと、そんな風に見ることも出来る。それを、無理にそうするのではなくて。いつだって、自然に、今目の前にあるものの美しさを見つけ出すことが出来たなら。

それはとてもとても素敵で幸せなことだと思う。

自分が幸せかどうかは、自分が決めている、ってこういうことだ。雨が降ったら足元は濡れるし身体は冷えるけれど。でもそれだけじゃない。そればっかりに目を奪われていたら、目の前の美しい光景に気づくことすらない。こんな天候の悪さだからこその、そのひとの気遣いや優しさに気づくことも、また。

そうしたら、そこに本当は幸せはあったのに、それを全然違う方を見ていたから見逃した、なんてことがあったらすごくすごくもったいない。

無理にそう考えたり誤魔化したりするのは違うと思うけれど、自然に、いつもの毎日の中に、晴れでも雨でも忙しくても暇でも、素晴らしくて美しい、そんな瞬間を見出せるようになれたなら。

幸せが湧き出る打ち出の小槌を手に入れたようなものだと思うのだ。


この日の奇跡の旅をともに歩んでくれたみなさま、本当に、本当にありがとうございます。

なんてことない顔をして、ふつうのことみたいな顔をして、いつだって本当にすごいみんなのことを、本当に尊敬しています。

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