心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

歌と文章と振動と信頼と。奇跡と幸せの、かけがえのない夜の話。

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幸せな夜だった。


とてもとても幸せな夜。



http://lineblog.me/nishino/archives/7566884.html?t=1

ブログを紹介してもらったお礼を本人に伝えるために、そして友人に会うために下北沢のイベントへ。


仕事は佳境で行くかどうかを直前まで迷ったけれど、それでもきちんと伝えたかった。

受け取ってもらえたことへの感謝を。紹介してくれたことへのお礼を。

今この想いがあるこの時に。伝えたい想いがあるなら、その時に伝えないと、それは消えてしまうから。


想いを持って生きている、行動しているその人がいなければ、わたしはそれを文章の形には出来ない。


わたしの文章はすべて、こころが震えたその振動で出来ている。


だからまずは、そんな人に出会えたことに感謝したい。

そんな感動をもらえたことに、感謝したいとそう思う。


そして何よりも、受け取ってもらえたことは。

わたし自身がそこに込められた想いを受け取れていたこと。

それを、表現できて、届けられたということ。


どんなに想いを込めたとしても、受け取ってもらえなければそれは存在しないのと同じこと。


だからこそ、その人に、誰かに受け取ってもらえることは、わたしの中でとても大切で有難いこと。


受け取ってもらえたその時に、その表現は命を得るのだと思うから。


そのことへの感謝をとにかく伝えたかった。


実際には、ありがとうございますと嬉しいですくらいしか言えなかったのだけれど。 


わたしは8月のあの夜、「えんとつ町のプペル」の絵本の内容を初めて知った。


そして感想を書いているその時に、なぜかこれは父親の物語なんだと確信したけれど、正直なところ自信はなかった。


けれど、それが間違ってはいなかったのだと、そんなことを知れた夜。


そのことも、とてもとても嬉しかった。


そこにある、直接的には表現されていない想いすら汲み取ってカタチにする。そんなことが出来たなら、本当に本当に素晴らしい。


すべてをひとつの表現で伝えることはできない。


だからこそ、いろんな表現がある。

何かについて語ることに、意味がある。

そんなことを改めて教えてもらった時間だった。


少しだけ、話をさせてもらってその中で。


歌は情報量が多い、だからこそミュージカルが成り立つ。

そう言われた時、うまく言語化出来ない何かがあった。


帰宅する電車の中でも考えて、ふ、とわかった気がした。


歌は、そのメロディーで一気に世界へ連れて行く。

歌には、その世界の音と、匂いと、風が入ってる。


けれど、文章は世界に連れて行くまでに時間がかかる。


想像力をかきたて、その世界に惹き込み、そしてその中に浸らせる。


音も、匂いも、風もなにもないところに、それを感じさせるために費やされる文字たち。


それを歌は越えていく。


メロディーを聴いたその瞬間に、わたしたちはその歌の世界の中にいる。


音楽は音の波だ。

そして、脳波も心拍も波。

人体を構成している原子だって。


音の波に合わせて脳波も心拍も原子も揺れる。


音楽は、その波に乗せて、楽しさを、嬉しさを、哀しみを、怒りを連れてくる。


だから、音楽を聴くと、一気に世界が変わるのだ。


文章は、その波を言葉だけで作り出さなければならない。


波のないところに波を立てる。しかも振動しない文字で。


だからこそ、文章にはきっとどうしても量が必要なのだ。


心がふるえるその波を、無から有を作り出すそのために。


わたしは文章のリズム感をとてもとても大切にしている。


読んでいる時に、まるで歌っているような、歌を聴いているような、そんな気持ちになれるように。


矛盾するかもしれないけれど、たぶん、言葉はすべてがささやかで小さな歌なのだ。


ほとんどそれを意識することはなくても、わたしたちはなんらかのリズムに乗せて本を読み、言葉を紡いでいる。


すべての言葉が歌だからこそ、なんとなく聴いていて心地いい、気持ち悪い、があるのだと思う。


わたしたちはひとりひとり、自分のリズムを持っているから。


この夜、友人とクラウドファンディングの話をした。

改めて、クラウドファンディングとは何かを考えた。


クラウドファンディングとは、ただ個人がなにもないところからお金を集めて何かを実現する夢の仕組み、というわけではない。


クラウドファンディングとは、「あなたの信頼に応え続けます」ということだ。


お金をもらうということは、そのお金の後ろにある、その人の時間をもらうこと。


その人が、費やしてきた時間を、そのための労力を、「あなたを信じます」という想いの元に託された、ということだ。


クラウドファンディングを始めるということは、単発ならまた違うかもしれないけれど、今後も続けていくのだとしたら、ひとりひとりに真摯に向き合い、ひとりひとりの信頼に応え続けていくこと。


常に、結果を出し続けることだ。


会社と取引をしたのだとすれば、会社の判断で影響を、将来を見越して許されることもたくさんある。

けれど、個人で繋がるクラウドファンディングは違う。


たった少しの甘えで、たった少しの慢心で、そのひとの信頼を裏切ったなら。


そうしたら、その先のご縁は繋がらない。


クラウドファンディングでお金を集めることは、信用をお金に換えること。


最初は挑戦するという熱意を応援してくれたとしても、次に繋げるためには、このお金に込められた想いに、ひとりひとりの信頼に、応えてゆくことが必要なのだ。


クラウドファンディングは、お金が集まって終わりじゃない。お金を集めて何かを作って終わりじゃない。ずっとずっと、これからも続いていくこと。


それは多分、その人の生き様が問われているということ。


その人が、何を考え何を成し、その先に何を見ているか。


個人で繋がり、自分の名前で勝負をするということは、そういうことなのかもしれない。


西野さんはそれをずっとやり続けてきたから、だからこのクラウドファンディングの、この人数が、この数字がある。


そういうことなのだ。

向き合い続けること。

成し遂げ続けること。


そして、進み続けること。


人生は川のようなもの。そして川は流れゆくもの。わたしたちは同じ場所に留まることはできない。

いや、自分自身が前へと進み続けなければ、同じ場所にすら留まれない。ただただ流されてゆくだけ。

そして、川の流れよりも、早い速度でひとりひとりが抱く想いよりもその先の、もっと素敵な未来を見せ続けること。

そうでなければ、今いる場所からその先の、未来なんて掴めやしない。


そのひとつひとつの真摯で地道な積み重ねのその先に、こんな未来がやってきた。


そんな未来を一緒に見ませんか。


「えんとつ町のプペル展」のクラウドファンディングはこちらから。

https://camp-fire.jp/projects/view/10837


この夜、一緒に過ごしてくれた友人へ。きっかけを作ってくれた友人へ。そして話す時間をくれた西野さんと舘野さんへ。


あの少しだけいただいた大切な時間で、たくさんのものをいただきました。

本当に、本当に、幸せな夜をありがとうございます。


わたしは本当に、素敵なご縁にばかり恵まれています。

心から、ありがとうございます。