心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

MEKONG BLUE 展 ものを買うことは時間を買うこと。想いを買うこと。

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涼やかでやわらかな風が吹く。

さらさらと揺れる美しい布地。
陽の光が空間に彩りを添える。

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とてもとても美しく、手触りも滑らかなストールは、ひとつひとつが職人さんによる手織り。

きめ細やかで美しい模様。鮮やかな色合いが交錯するデザイン。ひとつひとつが異なる表情を持つ。 



そんな素晴らしいストールを織っているのはカンボジアの読み書きすらできなかった女性たち。

技術がなく知識もなく、貧困の中で尊厳を奪われ生きてきた彼女たちの手に職を。選択する自由を。生きる喜びを。

そんな想いの元に始まったプロジェクト。

何度も何度も試行錯誤を繰り返し、様々な壁を乗り越え、ただただその先にある明るい未来と、彼女たちが作り出したストールにより世界に幸せが広がることを信じて進む。


彼女たちが簡単に作れるような簡単な小物、ただ生活の足しになるための仕事、ではなく。

彼女たちが自分自身に誇りを持てるように。

他国の人でも満足できるような品質とデザイン。
そんな素晴らしい商品を自らの手で生み出している。
そんな自分自身に、自分の仕事に自信を持てるように。

彼女たちが自らの尊厳を取り戻し、自分の人生を歩んでいけるように。


ただ生きるためにお金を稼ぐのではない。

働くことは、自分の人生を取り戻すこと。

働くことは、自分の人生を、生きること。

彼女たちの命の輝きと誇りが、このストールひとつひとつに詰め込まれている。


だからこそ、このストールは美しく、そして心地よい。


どのように作られているかではなくて、誰がどんな想いで作っているか。


それがとてもとても大切なのだと今は思う。


同じようなストールはある。

その中で、何故これを選ぶのか。

何故、このストールに惹かれるのか。


わたしたちは、そのものに注がれた時間をも、
一緒に買っているのだ。


そのものを使うたびに、わたしたちは思い出す。そのものに込められた想いを。それがたとえ無意識だったにせよ。


そのもの自体が素晴らしい品質とデザインであることはもちろんだけれど、わたしたちが買っているのはそれだけではない。

それを作り上げた人たちの、それを売っている人たちの、それに関わっている人たちの、時間と想いを一緒に買っているのだ。


わたしたちは、そのものが作られる過程を見たり聞いたり知ったりするのが好きだ。

もし、ものをそれ自体としてしか見ないなら、そんなことは知らなくてもいい。

けれど、わたしたちは知りたい。それは、そのモノが作られたすべての時間が、そのモノに関わるすべての人が、そのものを構成しているのだと知っているから。


そのものに感動し、作っている、売っている人の想いに感動する。その先に、わたしたちは幸せな日常を見る。


自分の心がふるえた、そんな想いで作られたものに囲まれて過ごす時間。

それが、どれだけ人のこころを満たし幸せにするか。

わたしたちは、ものを買っているのではなく、想いを買っているのだし、時間を買っている。

それは、そのものが作られた背景を知らなくても同じこと。

そのものを買う時に訪れた店の居心地の良さ。店員さんとの会話。そのものを見たときの感動。身につけたときの喜び。


そういったものすべてが「そのもの」を構成している。
「買う」という決断は、それらすべてをまるごと自分の日常に持ってくることだ。


「なにかを買う」という行為は、もしかしたらとてもとても大切で尊いことなのかもしれない、と。


そんなことを感じた時間でした。


高橋さん、とてもとても素敵な想いの詰まったストールを、日本で販売するという決断をし、その想いを繋ぎ続けてくれて、本当にありがとうございました。


とてもとても、素晴らしい時間でした。


MEKONG BLUE

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