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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

そこは彼の国インド。祖国への誇りと矜持。そして心からのもてなしとあふれるほどの愛。

マハラジャワインはダージリンの『心』です。」


そう言い切れるお店がどれだけあるだろうか。

まるでインドに来たかのような、インド直輸入の調度品で溢れた店内。

ひとつひとつが本当に丁寧に作られた、素晴らしい意匠の最高級の一品なのだとわかる品々。
まるでインドのマハラジャの邸宅に呼ばれたかのようで、ここが日本だということを忘れる。

グラスも器もカトラリーも純銀製。
磨き抜かれた輝きがテーブルを彩る。

ひとつひとつがまるで芸術品のよう。

いくら眺めていても飽きない美しく細かな細工が施され、
美術品として並んでいてもおかしくないようなそれらが、丁寧にゆっくりと、無造作にテーブルの上に並べられた。

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ワインを注ぐグラスもまた純銀製。
美しい流線型と、銀色の煌めきが、
国王のワインを静かに受け止める。

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静かにワインを注ぎ、料理の説明をする彼の瞳は、提供する料理への、祖国への誇りと、愛に満ちていた。

彼の眼差しは優しく深く、ひとつひとつの語り口に、どれだけひとつひとつの料理を愛おしく思っているか、大切に思っているかが滲み出ていた。

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そして、それを裏打ちするのが提供する料理への絶対の自信。

何ひとつ手を抜くことも、心を欠くこともなく、常に、最高のものを提供するという矜持。


それが、最初の言葉に現れている。


絶対の信頼と自信と愛情。


それがなければあの言葉は言えない。


夕方、彼の店の前を通った。

たまたま外に出ていた彼がゆるやかに微笑んだ。


日が暮れて、少しお茶でもして帰ろうか、と何軒も店を回ったのに。

ピンと来なかったり満席だったり。

そうして、そのつもりもなく彼の店の前にいた。


一歩足を踏み入れた店内の、まさにインドそのものを再現した素晴らしさ。

メニューを開いて最初にあった「マハラジャワイン」。

そして、彼のあの言葉。

それだけで、食べなくても飲まなくても、この店の料理は美味しい、と確信した。


南インド、北インド…その地方ごとに味はすべて異なる。

だから、その地方の特色があるカレーを何種類か頼んで分け合うといい。

そんな風に教えてもらって頼んだ二種類のカレーは、どちらも優しくて美味しくてとてもとても満たされた。

ぴりりとした、舌に痛いようなスパイスの辛さは全くない、ただただ素材の味が活きた優しい味のカレーだった。

カレーってこういうものだったろうか、とカレーの概念が変わってしまうかのようなそんな味。

カレーと一緒に食べたナンはもちもちでこれまた美味しくて。いくらでも食べてしまえそうだった。

温度とともに味が変わっていく温かいマハラジャワインを傾けて、インドの心を、魂を注ぎ込んだ料理を味わって。

ここでもやっぱりゆっくりと各々が料理の美味しさにひたる。

みんなで食べているけれど、ひとりひとりが味わうその時間を邪魔しない。
いい意味で、ひとりひとりが自由に存分に、自分だけのカレーの世界にひたれた時間。

サーブするときに常に視線を合わせて笑顔で真心を込めて向き合ってくれるオーナーもまた素敵な人だった。

凛とした、芯の通った佇まい。

けれどとても柔軟でおおらかで楽しい。

お店の雰囲気がインドそのもので、ともすればその豪奢さに、その非日常感に怯んでしまいそうでもあるのに、あたたかく迎え入れられているような、安心できる場所であるのは、彼の真心によるものなんだろうな、とそんなことを思う。


最後に心を込めて丁寧に淹れられたチャイを飲みながら。

これからどんなふうに生きていきたいかを語り合った。

出来るか出来ないかではなくて、やりたいという気持ちだけに従って。

迷いなくわたしの口から出てきたのは、文章と写真が好きだということで。

そこに一瞬の逡巡も躊躇いもなかったことに、後で自分が驚いた。
こんなにもはっきりとまっすぐに言えるようになっていたのかと。

結局のところ、自分は、自分だけは、自分が何をやりたいかを知っているということだ。
誤魔化しても目を逸らしても見ないふりをしても。

わたしはその人の輝きを見つけること、そこに光をあてること、それを拡散することに喜びを感じる。

そのために、文章と写真を使いたい。そういうことだ。

今はFacebookやBlogだけで。
わたしがあてられる光も拡散能力も小さいけれど。 

今からその力をつけていきたいなあと思う。

とりあえずBlogをやって、次どうするかはこれからだけど。

結局何度考えても何度向き合ってもそこに戻ってくるならそうなんだろう。

答えは出てる。道は見えている。あとは踏み出すタイミングだけ。

そして。

わたしにとっては、こうして大切な友人たちと過ごす時間が何より大切で幸せで。

素敵な人と会って語って時間を共有できることが、わたしの人生には欠かせない。

友人の危機には何を置いても駆けつける、例えどんな状況下にあったとしても。

そんな自分になるとずっと思ってきたけれど。

それはあるレベルでは去年に達成できていて。

なら次にわたしはどうしたいかと言われたら。

自分の心が震えたその瞬間に行動できる自分であること、だ。

友人や、自分の心が震える人に、会いたいと思ったタイミングで、例えそれが翌日でも今からでも、すぐに決断して動いて会いに行ける、そんな自分でありたいのだ。

それは、お金も時間も手に入れるということでも、ある。



この日にもらった、大切な大切な言葉たち。


そして、この日に捨てると決めた、ひとつの言葉。

この夜はインドに旅行に行ったようなものだから。

あの言葉はガンジス川に流してしまうことにする。

サブリミナル効果的に何度ももらっている言葉も。

きちんと受け止めて、まず自分の人生を動かそう。

誤魔化しても目を逸らしても見ないふりをしても。

こうして何度でも何度でも教えてくれる友がいる。

わたしの可能性を見て、背中を押してくれるひと。

ただただ、ありがたいなあ、幸せだなあ、と思う。

ひとりひとりの未来も聞いて、ワクワクを感じて。

ひとりひとりの未来が本当に心から凄く楽しみで。

これからどうなるにしても、どこへ行くにしても。

楽しくてワクワクする未来がきっとその先にある。

これからも、この素敵な友人たちと共に歩みたい。

行き先は雲の行くまま水の流れるまま力を抜いて。

じぶんのこころにまっすぐすなおに急がず慌てず。


そんなふうに生きていく。


これからも、行き先は心のままに、みんなのあり方を、生き方を学ばせてもらいつつ受け取らせてもらいつつ。

そうしていつか必ずもらったものを、返したい。

もらったそのひとに返すのではなくて、そこから続く流れのどこかに返すことになるのかもしれないけれど。

それも雲の行くまま水の流れるまま。 


ダージリン