読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

豊かな時間は彼らとともに。過ごせる時間を、出会えた奇跡に感謝を。

前を歩いている友人の姿を見て、幸せだなあと思う。


こんな素敵な人たちと繋がっていることが。

今日という日を過ごせていることが。

ただ歩いて後ろ姿を眺めているだけなのに、繰り返し繰り返し感謝の気持ちが湧いてくる。

そんな風に思える人たちと繋がれていることが、なんて幸福なんだろうと。

そんなことを思いながら過ごした一日。

この日は、奇跡がただただ積み重なった一日だった。

たった一日だけだけれど、まるで二泊三日の旅に出たような。
それほどまでに、濃密で、大切で、奇跡みたいな時間だった。

何をしたわけでもない。

ただ、話して、お茶漬けを食べて、神社にお参りをして、カレーを食べただけ。

それだけなのに、こんなにも奇跡みたいだと思えるような時間が過ごせる。

何をするか、ではなくて、誰とするか。

本当にそれだけのこと。

同じようにお茶漬けを食べに行ったとしても、他の誰かと行くのとでは、この時間は全く違うものになるだろう、と断言できる。

ゆっくり、ゆっくり、静かに味わうように、噛みしめるようにひと口ひと口を丁寧に味わう時間。

今まで生きてきて、こんなにも時間をかけてお茶漬けを食べたことはなかったし、こんなにも時間をかけて味わったこともなかった。

ただ、さらさらとしたお茶漬けをかきこむだけの時間とは、全く違う時間。

そんな時間を過ごせるのかと。

やっていることは同じなのに、過ごしている時間は全く違うものになる。

不思議でしかなかった。

わたしたちには同じだけの時間が与えられていて、同じだけの選択肢と可能性が与えられている。

けれど、その選択でこんなにも違う時間を過ごすことができる。

ただなんとなくお茶漬けをかきこむだけの時間と、友人とともに味わいながら、ゆっくりと向き合いながら食べる時間。



それをどれだけ積み重ねていくか、


一生とはその繰り返しだ。


何をしたかではなくて、誰と、どんな気持ちで、どんな姿勢でその時間を過ごしたか。


それだけの差が、一日を三日と感じるか、半日と感じるかの差。

一日が三日分かのように過ごせば、1週間たてば1か月ほどになる。


それが、人の積み重ねてきた時間の違い。

積み重ねてきた時間の長さをはかる時、それは単に何日何年を指すのではなく。


どれほどの密度で一日を、一時間を、一瞬を過ごしたか。

それをこそ指すのだ。

 だから、今、何を思ってどんな姿勢でこの瞬間を過ごしているか。

それが、それこそが、本当に本当に大切なのだ。


だから、わたしは、彼らと出会えたことに、今も繋がっていることに、これからも繋がり続けることに、心から、心から感謝している。


わたしの豊かな時間を作り出してくれるのは、間違いなく彼らだから。



本当に、本当にありがとうございます。

f:id:kayamy:20160922235903j:plain