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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

中秋の名月。月を愛でることの幸せと写真を撮ること。

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中秋の名月



美しい月を眺める時間。
刻々と変わりゆく雲と月の光が織りなす天空の芸術を楽しむ時間。

一時たりとも同じ姿をとどめない空から、目が離せない。

「月を愛でる」ということを、初めてしたような、そんな気すらする。

こんなに美しくて、見ていて飽きることのないものが、常に天上にあるのだなあと、それがなんとも不思議だった。

すぐそばにある奇跡。
すぐそばにある芸術。

それを見ようとするかどうか。

毎日、空を彩る雲を美しいと感じ、陽の光に感謝し、月の輝きを愛おしむ人は、きっとどんな時も豊かであるのだろう。

どこにいても、決して変わらないもの。

空と、月と、太陽。

それに心を傾けているかどうか。

そんな些細なことで、日々は輝き出す。


昔は日常で月を眺めようとか、そんなことを思い付きも考えもしなかった。

月は、何かのイベントで見る「特別なもの」。

わたしの日常に、月の美しさは存在しなかった。

毎日毎日夜空に浮かんでいるのに、それを意識することすらなかった。


朝日が美しいとか。

空に浮かぶ雲が素敵だとか。

そんなことに心を向けることはなかった。

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今日は中秋の名月

確かに特別な日ではあるけれど。

そんな日でも、わたしはいつもの毎日として流れるままにしていた。

こんな風に、月を見上げてシャッターを切る日が来るとは思わなかった。

たまたまふと見上げて、「美しいな」と思ってシャッターを切ることはあったけれど。

まだカメラを持っていなかった頃。

目に焼きついた美しい月の姿と、月を取り囲む雲の群れ。

何度携帯を構えても、その美しさを収めることは出来なかった。

今も、自分の目で見るほどの美しさで撮れるわけではないけれど。

それでも、あの時よりはよほど美しく撮れるようになった。


そんな風に、記憶にとどめておけるのも、カメラを始めて良かった、と思えること。


カメラがあるから、あの時のとても幸せで満たされた、楽しい時間を切り取ることができる。

あの時間は、本当に素晴らしかった、と。
ありありと思い出すことができる。その瞬間に、わたしたちの心はあの日のあの場所に戻ることができる。


そんな写真を、カメラに収めることができたなら。
わたしはそれ以上に幸せなことはないとすら思う。

誰かの最も輝く一瞬を、切り取ることができたなら。

あの大切な時間のかけらを閉じ込めることができたなら。

それを見て、だれかが幸せになってくれたなら。



それが、わたしにとって写真を撮る、ということなのだと思うのだ。