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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

誰かの素晴らしさを心から賞賛出来るのは。きっと自分自身が全力で何かに打ち込んだからこそ。

最近、プロの生き様を見せてもらう事が多い。


この日会った彼女は、とても美しくて潔い、そして愛情深いひと。

彼女は何年も何年も体のことを学び、実践を繰り返してきた。

そんな彼女が最近会ったひと。

彼女は彼と出会い、自分の限界を認める。

そして、あっさりと彼に叶わない部分は手放して彼に任せることにして、彼女の最もコアな部分に集中することを決める。

良いものは良いと素直に認める潔さ。

自身が積み重ねてきた、時間や矜持。

それを、いとも簡単に手放せる、その生き様。



それは、中々出来る事ではない、と思う。

自分がそれに対して費やした時間が、労力が多ければ多いほど、それにしがみつきたくなってしまう。

でも、彼女は違った。
そんなちっぽけな拘りやプライドは、揺るぎない現実の前には不要。

ただただ、素直にその事実を受け入れ、感謝した。

そうして、自分の中から、喜びを持って手放した。


彼の方が、自分よりもよほどその点について優れている。そうだとしたら、わたしよりもその人に任せる方がいい。

その方が、自分が関わる人たちにとって幸せなこと。
その人たちの人生がより豊かになり、彼女らの喜びにつながるということ。

だから、彼を紹介する。

自分で抱え込んだりしない。

それは、彼女が真摯に自分の道を積み重ねてきたからだと、そう思う。

自分が決して驕らず満足することもなく、ただひたすらに学び行動してきたからこそ。

その人の提供するものを、技術を、能力を、素直に認め、賞賛することができるのだろう。

彼女が何かを賞賛するときは、いつもいつもまっすぐで。
ただただ、心からそれを素晴らしいと思っているということが伝わる。

そんな風に、誰かを、何かを賞賛することが出来るということは、とてもとても素敵だと思う。

手放しで、心から賞賛すること。

簡単なようで、普段から出来ているようで、よくよく自分と向き合うと、どこかに違和感があったり、する。


それは、やっぱり、自分がやり切っていないから、だったりする。

誰かを素晴らしいと認めることは、自分の敗北を認めることでもある。それは、きっと全力でやっているひとでなければ難しい。

全力でやっているから、自分の限界がわかる。自分の能力がわかる。

やっていなければ、本当のところで自分の限界や能力はわからない。

だから、心から賞賛しているようで、どこかふんわりしていたり、違和感があったりするのだろう。

いつもいつも、彼女の話を聴く時間は、自分を省みる時間でもあります。

そんな彼女に出会えたことを感謝します。

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