心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

虫が鳴く。鳥が飛ぶ。街の中でも。それがとてもありがたいことなのだとそう思う。

鈴虫の声が聴こえる。


その声を聴いて、ああ、秋だなあとそんな風に思えるようになった自分がいる。

会社にいても、道を歩いていても、夜には鈴虫の声。

都会でも、蝉も鈴虫も鳴く。

都会に自然がないとは言うけれど、虫はいるし、鳥だって飛んでいる。
空は青く、星は見えないかもしれないけれど月は見える。

街路樹の緑が道を彩り、草花が寄り添う。

人工のもの、と言ってしまえばそれまでだけど、確かにそこに存在しているのだ。

友人が街路樹の根を苦しそう、と言った。

確かにそうかもしれない。それでも彼らはそこで生きているんだよな、と思う。

自分たちで木々を切り倒しておきながら、緑が欲しいという、それこそエゴかもしれないけれど。

それでも、生きる。

森の中や山の中の方が、生きやすいだろうなあと勝手に思ってしまうけれど、街を選んで住む者たちもいるのだ。

ひとが感じるように、空気も美味しくないだろうし、美味しいごはんもきっとない。

でも、彼らはここにいる。
木々も、草花も、動物も、虫も。

それが、わたしたちも生かされているということなのかもしれない。

どんなに森を切り開き、どんなに水を汚しても、それでも周りに生態系が育まれている限りは、そこは住める場所。

そうして、人以外の者たちがいてくれるということが、「生き物が生きることができる環境」ということなのだ。

虫が鳴いてくれることもありがたいことなのだな、とそんなことを思った夜。

f:id:kayamy:20160915075441j:plain