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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

目の前のごはんにどれだけの時間が積み重ねられているか。周りのすべてのものは、誰かの時間の積み重ね。

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北海道のすごく美味しいてんぷら屋さんが今月末で閉店するらしい。


丼からはみ出すほどの大きなかき揚げ。
中にはホタテやエビがぎっしり詰まって。

サクサクのパリパリで、少し固めのこの揚げ具合がなんとも言えず最高で。

ごはんもひとつひとつ粒が立ってて少し固め。
タレは甘辛くてしっかり味がついてて少量でも満足。
ぎっしりみっちりさっくりなかき揚げの味を際立たせる。

そんなてんぷらを作る、作り続けるということがどれだけの技術を要するか。

それを、この店に25年通い続ける安藤さんから聞く。

毎日毎日気温も湿度も違う。
季節が違えば小麦の性格も。
もちろん食材だって、日々。

そんな風に、毎日少しずつ微妙に違う日々の中で、毎日違う食材とともに。

毎日同じように美味しいかき揚げを提供し続けるということが、どんなにすごいことか。

わたしたちはお店に、毎日同じように美味しい味を求めて訪れる。

例えば夏は美味しくて冬はそれに劣るなんて、それはプロとしてはありえない。

春夏秋冬、いかなるコンディションでも、来た人すべてに最高に美味しいてんぷらを提供し続ける。

それはもう、
毎日の積み重ねなのだと。
日々の鍛錬の賜物なのだと。

分量を量って同じ時間で同じ温度で揚げれば毎日同じてんぷらが出来上がるなんでそんなことはない。

毎日毎日ベストな分量と時間と温度を模索する。

最後に最高の状態で揚がったかを確認する術は、「音」なのだという。

もう、ここまで来ると極めた者の世界としか言いようがない。

どこかで見たテレビ番組で、こんにゃくを作るときにも最後は音で判断するのだ、と語っていた職人さんを思い出す。

一朝一夕に出来るものではない。

わたしが20分ほどで食べきるそのかき揚げ丼に、どれだけの歳月と鍛錬の日々が込められているのか。

どんな料理だってそうだ。

あのたった数十分のの中に込められているものの長さと大きさ。

料理を作ってくれたそのひとが、積み重ねてきたものがあるからこそ、わたしたちはあんなにも幸せで満たされた時間を過ごすことが出来るのだ。

料理だけではなく、それを作るお野菜だってお魚だってお肉だってそう。料理を際立たせる器だってそうだ。

わたしたちのまわりにある自分で作ることのできないすべてのものは、わたしたちの代わりに誰かが積み重ねて来た時間の果てにここにある。

そう思ったら、なんだか感謝しかないなあ、と思った。

とても狭いわたしの部屋の、わたしの生活のすべては、それらを作り上げてきた何万何億の人たちの時間で形作られている。

わたしひとりでは、きっと米すら育てられない。

そうか、これが生かされているということなのかもしれない、とあの心震えるほど美味しい、そして最初で最後のかき揚げ丼の味を思い出しながら考える。

うん、もっといろんなことに感謝して生きていきたいな。



はまだ