心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

今ある奇跡を自覚する。大切にしたいものを大切に。

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無事に父の手術が終わってご先祖様にお礼参り。


どんなに成功率の高い手術でも、どんなに簡単な手術でも、そこにあるのは確率だけ。

必ず成功するなんて保証はどこにもない。

だから、その時を少し、覚悟した。

今回のようなことがなくても、その時はいつ来たっておかしくない。

わたしたちは、今生きていることそのものが、奇跡なのだから。

誰もが、どんな状態であったとしても、「ある日、突然、いなくなる」。

手術の前に実家に戻って父と別れた時に、「これが最後でもわたしは後悔しないだろうか」と自分に問いかけた。

全然、駄目だった。

もちろん、何をどれだけしていても、後悔しないことなんてないのだけれど。

それでも、別れる時にそう省みることも大切な気がしている。



毎日毎日、地元の神社のお札に祈って。

そのお札も、お礼と共に奉納するために持ち帰ってきた。

祈ることも願うことも何の役にも立たないことかもしれないけれど。

でも、そうしている間は、間違いなくその人のことを考えられるから。

それだけでも、意味がないなんてことはない。

今、家族が揃っていること。
今、家族が生きていること。

今、家族で話せていること。

すべてが、本当は奇跡のような確率でここにある。

そんなことを、日々をただ過ごしていると忘れてしまうから、こうやって時々気付かせてくれるのかもしれない。

今日も明日も明後日も続くはずの、何の変哲もない日々が、突然喪われることがある。

来年も会えるだろうと別れたその日が最期の日になることもある。

今日死んでもいい、と思いながら過ごすことはわたしには難しいけれど、自分にとって大切なあの人との時間が、今日で終わりかもしれないと認識しておくことは出来る。

それを意識しているかしていないかで、大切なひとたちとの時間がまったく違うものになる。

大切にしたいものを大切に。

意外とこれが、難しい。