心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

証明はほかのだれかにまかせよう。自分が思うままに、こころ震える景色を見よう。

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ゴゼンタチバナ

 
彼らは、一度にたくさんの花を咲かせるけれど、その後につける実はほんのわずか。

花を咲かせ、実をつけるまでに、彼らは今年は誰の体調が一番良いか、誰が素晴らしい実をつけそうかを考える。
そしてみんなで話し合って実をつけるのが誰かを決める。

誰が実をつけるのかは毎年変わり、そうやって彼らは生きていく。自分たちの力を、最も体調がいいただひとりに集中させる。

それを生存の知恵、植物の個体としての性質だと片付けるのは簡単だけれど。

どんな声かけをするかで花が咲いたり枯れたりするように、彼らはわたしたちヒトとも動物たちとも異なるけれど、彼らなりのコミュニケーション方法を持ち合わせているのだ。

そんなことを、オンネトーの湖面に続く森の中で聞く。

わたしたちは、科学的に証明されたこと、現時点で説明できること以外のことについて、存在しないもの、なかったことにしてしまいがちだけれど。

科学的に証明されたこと、はあくまでその時点でのものに過ぎなくて。
その証明は、何度だって覆り続けている。

わたしたちは、宇宙の、自然の真実のほんの僅かしか、未だ理解できてはいないのだ。

理解できること以外のものを、自分の世界から切り離してしまうのは、あまりにももったいない。

わからなくても、感じること。
非科学的でも、ふと思い浮かんだこと。

そういったものを大切に生きていくのも、それはそれで面白い、豊かな生活なのではないか、そんな風に思った。

自分の知らない、この地球上にいるすべての人が知らない真実が、まだまだこの地に眠り続けているということは、まだまだ楽しいこと、ワクワクすること、心震えることがたくさんあるということ。

その可能性を見た方が、きっと豊かだ。

証明も説明も、それをしたい人に任せればいい。

自分の感じたこと、自分の中に湧き上がる世界を大切にしたい、そんなことをたった三つの赤い実を前にして考える。

小さな赤い実が教えてくれる、世界の真実。
そんな風に考えたら、舞い散る落ち葉も、そこに生える苔も、すべてが美しく、煌めくかけがえのない世界の一部に思えた。

目に入るすべてはこちらの感覚ひとつで変わる。
この日、この場所のすべては本当に美しかった。

この日ここに見に来たのはオンネトーという湖。
でも、その湖へ向かう森の中で、一日中過ごしていても飽きないんじゃないかとそう思った。

そう思うほどに、素晴らしい、小さな煌めく世界がそこにあった。

それに気づかせてもらえたこと、気付いたことが、とても幸せだなあと、そんなことを思う。

毎日が、感動と幸せの出会いに満ちている。