心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

サービスとは、目の前のひとただひとりにどれだけ素直に向き合うか。

この日、わたしはとても素敵なサービスを受けた。


スマートフォンの修理依頼。
同じ服を着た同じような人が並ぶカウンター。
ひとりひとりがマニュアルに沿った丁寧な対応をする。

まちがいなく、ひとりひとりが丁寧に対応しているのだろうけれど。やっぱりどこか味気ない。

丁寧で、心のこもったサービスをお届けします。

どこの店に行っても、いつだって掲げてあるそれ。

でも、丁寧かもしれないけれど、そこに心はないよなあって、そんなことを思うことも、多い。

ただなぞられるだけの「丁寧な言葉」。
そこに心を乗せなければ、その言葉は届かないのに。
無機質で冷たい言葉はこちらも受けれ取れない。

ただ心を込めてにこりと笑ってくれるだけで。
ただその人の個性で心から話してくれるだけで。

とっても気持ちよくその場を過ごせるのに、と。

でもそれが難しいのもわかる。

タクシーで、いくつかの場所に寄り道して目的地に向かった時の話をこの夜聞いた。
少しの間だけ、挨拶だけしてその場を離れるその瞬間さえ、気を利かせてメーターを止める、ということができない。

監視されているから。

でも、そういったちょっとした気遣いで、ちょっとした機転で、わたしたちはとても嬉しくなるし、その人のことが好きになる。

メーターを止めなかったその人だって、本当はやってあげたいって思っていたかもしれない。

でも、それが出来なくて、お互いになんとも言えない感情だけがその場に残る。

それって、一体誰が得をしているんだろう。

客はなんとなく不快で、運転手はなんとなく申し訳なくて、会社はその客を逃す。

もちろん、この一面だけを捉えて語れないのはわかっているけれど。

目の前にいる、わたしのスマートフォンの対応をしてくれた人は、どこか人間味にあふれていた。

マニュアル通りなのかもしれないけれど、待たせたことを何度も謝ってくれる。
それは罪悪感からや義務ではなくて、ちゃんとその人の本心から出てきている言葉のような気がした。

そして、「内緒ですよ」と言ってちょっとしたサービスをしてくれる。
もしかしたら、それもマニュアルなのかもしれないけれど、でも、そんな「目の前のその人の状況」にフォーカスした対応は、やっぱり嬉しい。心に残る。

わたしたちは、いつだって「大勢の中のひとり」なのは嫌で。いつだって「世界でただひとりのわたし」として見て欲しいと思っている。

たった30分の、しかも初対面のその時間の中で、どれだけ「目の前にいるその人」を、何の色眼鏡を通すことなく、素直に感じて受け止めて、その人だけのサービスができるかどうか。

サービスって、接客ってそういうことなんだろうな、とそんなことを考えた時間だった。

突き詰めれば、どんなものも「目の前にいるそのひと、もの」にどれだけ深く、真っ直ぐ、素直に向き合うか。それに尽きるのかもしれない。

名前はもう忘れてしまったけれど。
本当は駄目だったのかもしれないけれど。
素敵なサービスをありがとう。

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