心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

懸命にまっすぐに生きている人の、宝物のような時間をもらうに値する自分でありたい。

奇跡のような時間だった。


以前友人に連れてきてもらってその場でまた来ると約束して。一度タイミングを逃すと次が数ヶ月後になってしまう自分を自覚してるからとにかく一ヶ月以内に、と思っていたら来月は1週間北海道にいたり帰省したりで行けるかどうかわからなくて、今月の予定を調べたらこの日しかなくて。なら今日行くでしょう!って思って行ってきた。

自分ひとりだけっていうのも、というわけで適当に声をかけたら来てくれた2人。
出会った場所も会ってからの時間もばらばらの、全く繋がりのない2人。

そんな2人と過ごした奇跡のような時間。

ママからもらった宝物のような言葉たち。

すごく楽しかった。
すごく美味しかった。
すごくすごく幸せだった。

お金で買えないって、こういうことなんだなあって思った時間。
ママから、この世の真実を聞いた。当たり前のこと。わたしが当たり前であって欲しいと思っていたこと。

それを、生き馬の目を抜くような世界を生きてきたママから聞けたこと。それが何より価値あることだった。

懸命に、まっすぐに、ひたすらに生きてきた人だからこその言葉の重み。

話してくれている最中、何度も泣きそうになった。
わたしは、奇跡のような時間に立ち会ってるんじゃないかって思った。

こんなにも、こんなにも素晴らしい言葉の数々を聞けるなんて。心から、いくら払っても惜しくないとすら思った。

経験は価値なんだと、そんなことを改めて知った。
それに値段が付けられるわけではもちろんないけれど。
まっすぐに、目の前のことに向き合って懸命に生きた、その時間が長ければ長いほど、深ければ深いほど、どこで何をしていても、自分だけの価値がそこで与えられる。

そして、懸命に生きてきた時間をこうして分けてもらえるというのが、どれだけありがたいことか。

話を聞かせてもらう、一緒に過ごさせてもらうということの重みを知った。
懸命に生きている人ほど、ひとつひとつの時間がとても貴重で大切で。
例えばその時間を分けてもらって自分と過ごしてもらうこと。その時間、もちろん彼は彼女はほかのことが出来なくて。
それ以外に持てたはずのたくさんの時間があったはず。でも、彼は彼女はここにいて。そうしてわたしと時間を過ごしてくれている。

それが、どんなにありがたいことか。

この夜のママとの時間でわたしは何年分の時間をもらったんだろうと思う。
そして、今までも、わたしが尊敬する人たちからそれだけの時間をもらってきたんだなあと。
そして、素敵な人ほど、尊敬できる人ほど、それを惜しみなく与えてくれる。

話の詳細はここには書けないけれど、ただただ、幸せで楽しくて満たされた、本当に素敵な時間だった。

ママのことは元々大好きだったけど、もうよりいっそう大好きになった時間だった。

わたしは本当に人に恵まれている。だからこそ、ひとりひとりとのご縁を大切にしようって思う。
色々忘れたり失敗したりしてることがたくさんあって、やってしまったー!って思うこともたくさんある。

本当に毎日反省してる。
それでもなんだかんだと繋がってくれているのはわたしの周りのひとが優しいからで。
そしてその優しさを受け取るのはいいのだけれど、それに決して甘えては駄目で。わたしは本当に勘違いしたり忘れたりが多いから。
それをなんとかカバーする方法を考えて、きちんと全員に返して伝える。
それがすごくすごく大事。

うん、頑張ろう。いきなり全部は出来ないけれど、目標は高く、一歩ずつ、ひとつずつ。

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