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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

自分と向き合うとき。自分と向き合える場所。鏡になってくれるひと。

東京のど真ん中。

毎日晴天、ごきげんにピクニックが出来るカフェがある。

二階は全面芝生でごろごろできる、なんならテントを張って泊まれるイベントを開催していたり。

そんな素敵なカフェの一階にはハンモック。
いつまでいても、のんびりしてても怒られない。
ゆったりした心地良い時間が流れるそんな場所。
わたしにとって、都会のど真ん中の秘密基地。

そんな素敵なカフェには素敵なマスターさんがいて。
ふわふわアフロでニコニコ笑う、とっても穏やかなマスターの、お話はいつも深くて豊か。

彼と話していると、わたしはまだまだジャッジしてるし比べてるなあって気付かされる。

昔に比べたらそれはもう驚くほどの進化を遂げたと思っているけれど。
それでもまだ、比べたがって人を気にして評価したがる自分が顔を出す。

言葉の端々に、それが気付かず乗っている。
昔からのわたしの癖だ。
それに気付けるのが彼との時間、でもある。

例えば、誰かを雇用するとき。
わたしは人それぞれ個性があるから適材適所というものがあると思っていて。

だから、その人が一体どんなことに向いているのか、どんな特性があるのかを見極めることが大切だと考えていた。

リーダーシップが大の苦手だというひとに、店長を任せるとか、そういったことはしたくはないと。

けれど、彼と話しててふと思った。

彼にリーダーシップがないと思っているのは今のわたしの価値観で。
彼が、熱い想いでリーダーをやりたいと思うなら、彼は彼なりのリーダーシップを見つけていくんじゃないだろうか。

自分はこれをやる、と決めるのはいつだって本人で。
他人のわたしがそれを決めるなんて傲慢なんじゃないかと。

何がどうなってその人がその道のプロになるかなんてわからない。採用のときにそれを他人が見て、彼の可能性を狭めるのはもしかしたらすごくもったいないことなのかもしれない。

彼が実際に挑戦してその上で判断すること。
その自由をわたしが奪ってはならないのだ。

彼は、とてもとても時間を大切にしているひと。
自分の時間のひとかけらたりとも、無駄にしたくない。すべて、自分の大切なことのために使いたい。

「やれないんじゃない、やらないだけだ。」

彼は言う。
まっすぐに、何の迷いもなく。
そんな彼はすべてのマイナスをプラスに変えてきたそんな人。

マイナスはアドバンテージ。

常に、そんな風に考えることができたらどんなにか素敵だろうと思う。

わたしはまだまだそんな風には考えられない部分があるし、迷うし立ち止まるし躊躇うし。

でも、それでも、と思う。
ヨシダナギさんの写真展で出会った真っ直ぐな瞳の彼女。

ネイチャーズベストフォトグラフィーアジアで出会った動物たちの瞳。

そして、その場でのもらった多くのもの。

それらは、わたしに自分と向き合えと言う。
向き合った上でわたしの道を進め、と言う。
 
年貢の納め時、なのかもしれない。

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