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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

本当に、自分の心が震える瞬間を見極める。

絵画を観て感動する。

写真を見て感動する。
歌を聴いて感動する。

その感動を家でも味わいたくて、画集を買って、写真集を買って、CDを買う。

でも、その買った画集を、写真集を、開くことはほとんどないし、CDを聴くこともほとんどない。

わたしにとっては、その場で感じたもの、その場で触れたもの、それがすべてで、それを改めて別の場所で味わうということにあまり価値を置いていない。

だから、あんなに心震えた時間を、涙が溢れるほどに感動した時間をもらえたものの欠片に、興味を持てないのだ。

その瞬間が、その時間そのものが、何より大切だ。
画集や、写真集や、CDは確かにその時間の欠片なのだけれど、それでも生のその瞬間には勝てない。

写真なら、大して変わらないだろうとそう思うだろうか。
そんなことはない。
間違いなく、確実に違う。
自分の心が震えるそのさまが、全く異なるのだ。

今目の前でまさにあるもの、聴くもの、見るものがどれだけ大切か。

その瞬間にどれだけ集中しているか。
その時間にどれだけ心を傾けているか。
そこに、そのひとそのもののエネルギーがあるか。

もちろん、それを自宅で写真集を見ているときに感じる人もいるだろう。
自宅でゆっくりとひとりだけの世界で、写真集と対話する時間がこの上なく幸せだという人。

良い悪いではなくて。
わたしが、その瞬間に生きているというそれだけのこと。

自分が、何に心震え、何に心震えないのか。
自分は、どんな風に、その好きなものと向き合うのか。

それを知っていれば、自分の毎日に何が必要で、何に時間とお金を使うべきかがわかる。

例えばわたしは経験という視点で見たときはフロータイプだ。
その場で、その瞬間で、感じたことがすべて。それを深く深く自分の中に落とし込み、それを表現して、次の経験に向かう。

わたしはひとつのことに長い間集中して取り組むということが出来ない。
いろんなものに、ことに、興味があって、次から次へと様々な体験をする。
そして、その場で深く味わった後、その時間を別の形で振り返ることはない。
あの時間を思い出し、余韻に浸ることはあっても。

だから、写真集や画集、CDは、伝達手段にしたらいい。自分が心震えた素敵な人を、この人に知って欲しい。そのために買う。
そんなお金の使い方なら、わたしのあり方に沿っている。
わたしは流していく人。すべてのものを、ことを、感じて受け取って表現して伝えてを繰り返す。

そんな風に、自分にとって大切な時間とお金をよりいっそう有意義に、大切に、使うことができる。

何か、行動をするとき。
それは、本当に自分の本質から、自分が心震えるかどうという感覚からのものか。
それとも、一般的にこうしたら、こんな時間が得られるという思考からのものか。

一度、立ち止まって考えてみると、いい。

もちろん、繰り返し、行動することで気づくこともある。
何度も何度も同じことをする。何度も何度も無駄にする。そうして気づくこともある。
気付いた時に、お金と時間を無駄にしたように感じるけれど、でもそれは違う。
その時間は、お金は、気付くためにあった。
そうすれば、それからは、よりいっそう大切なものに、時間とお金を使うことができる。

そうやって、試行錯誤して、自分の本質は何かを知っていく。
自分の時間を、お金を、よりいっそう大切なものにだけ使えるようになっていく。

それは、深く豊かな幸せに続く道。

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