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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

魂が、肉体の断片が宿る写真。

写真の中に、その人の肉体の、魂の断片がある。

そう、感じさせる写真がどれほどあるだろうか。

その部屋に入って、それを見たとき、呼吸が止まった。

まるで、魂をわしづかみにされたようだった。
モノクロの写真の中に、確かに「彼」がいた。
その写真の中に彼の断片が確かにあったのだ。

その瞳を見なくても。

その肌が、その手が、その指が、語りかけてくる何か。伝わってくる感情。
ただ、背中と掌だけが切り取られたその一枚からですら、「彼」が滲み出る。

その指の一本一本に、筋肉の一筋一筋に、彼の感情が宿る。

シャッターを切ったその瞬間に、連続する彼の時間の中から、確かに彼が切り取られたのだ。

はっきりと会話が出来るわけではない。
けれど、ひとつひとつの写真が、その時の彼の想いを、感情を驚くほどの鮮明さで伝えてきた。

眼だけが語るのではない。
指ですら、肌ですら語るのだと。

そんなことに初めて気付いた。
わたしたちは、肉体のすべてでもって、「わたし」という個体なのだ。
眼だけが、唇だけが、「わたし」という個体を語るわけでも表現するわけでもない。
身体のすべての臓器が「わたし」を語っているのだ。

写真の中にいるのは「その時の彼」だ。

その時、
何を感じていたのか。
何を想っていたのか。
彼の肉体は、
彼に何を伝えたかったのか。

その瞬間。
肉体と魂とともに過ごしているだけでは気付かない、自分自身が発していたメッセージを受け取ることができるのが、写真、なのだ。

「あの時」の自分と、自分自身の肉体と、対話することができる。

そんな写真がこの世にあるのかと。
ただただ、その現実に圧倒された。

40歳。彼の肉体は老いに向かっている。
けれど、わたしの目ににはとても美しく映った。
弛んだ肌ですら、歳を重ねた美しさを思わせた。

20年前の、彼の写真を見た。
確かに、とても美しかった。
でも、ただそれだけだった。

その肌が、その筋肉が、語りかけてくる、その密度。
歳を重ねた肉体に宿る、まばゆいほどの輝きと感情。
それは、若い肉体では持てない、重ねてきたものの、
積み上げてきたものの先にある、結晶のようだった。

若い肉体は光を弾き、老いた肉体は光を吸収するという。
若い時には、自分の輝きを確立するために、他者と自分とを切り離す。
老いたその時には、揺るぎない輝きをその身に宿し、柔軟に周りの光を吸収する。

それは、心のあり方とも似ていた。

まるで、違う世界に入り込んだような、不思議な時間だった。
その部屋にあったのは、20枚の写真。
けれど、2時間が経つのはあっという間だった。

目にした瞬間に呼吸が速くなる。
深く丁寧に息を吐き、姿勢を正して、まっすぐに「彼」を見つめる。
「彼」から視線を外すことができない。
ただただ、静かに、彼を感じていたかった。

あの部屋を出てしばらく経つのに、まだ自分が現実に戻ってきていないかのような、そんな浮遊感を味わっている。
あまりにも衝撃を受けすぎて、頭の奥が鈍く痛む。

まだ、呼吸が浅い。
まだ、わたしの心はあの場所にいる。


繰上和美


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