読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

無添加の、命そのものを書にするひと。

いろいろとごめんね。

あとね、
いつもありがとう。
 
個展会場を入ってすぐに、目に入った書。
 
まっすぐに心の中に入ってくる彼の想い。
 
哀しみ、嘆き、やるせなさ、
そしてどうしようもなく深い愛。
 
書を見るだけで、こんなにも心が揺さぶられるのか。
 
その書に向き合うだけで、涙があふれた。
彼がどんな想いでこの書を書き上げたか。
慟哭のような、その映像が脳裏に浮かぶ。
 
流れ落ちる涙。
震えるこころ。
 
ただ、世界に
自分と、母と、
書だけがある。
 
とめどなくあふれる母への想い。
 
愛してる。ごめんなさい。愛してる。
 
どうしようもない息子でごめんなさい。
でも、どうしようもなく愛しているんだ。
 
ところどころに落ちる、丸い染み。
 
彼のなみだ。
 
この書は、彼の魂の叫びだ。
彼の母への想いが溢れ出て、
それがかたちになったのが、
この書なのだ、とそう思う。
 
しばらくの間、その書の前から動けなかった。
この書を見るためにわたしはここに来たのだ。
溢れる涙を何度も拭いながら、そう、思った。
 

f:id:kayamy:20160810051707j:plain

たった一滴でも、愛は愛。
 
最初はそれが何を指しているのかわからなかった。
そうしてしばらくの間、ただその書を感じていた。
 
突然、
本当に突然、
涙があふれた。
 
愛は量で、かたちではかるものじゃない。
あふれるほどの愛を、素晴らしいかたちで、惜しみなく与えることができる人もいれば、
必死で頑張って限界まで振り切っても、絞り出すような一滴しか与えられない人もいる。
 
その絞り出した一滴を、受け取ることを拒否しているのは、自分。
 
今そこに、自分に向けて差し出されているその一滴の、尊さと愛おしさ。
 
わたしもかつてそれがわからなかった。
母から差し出される愛に背を向けて、
自分が欲しいのはこれではないと、
 
そこに確かにあるものを見ようとしなかった。
自分の欲しい形の愛しか見ようとしなかった。
 
愛の形はひとそれぞれで。
どう、表現出来るのかも、
ひとりひとりみんな違う。
 
それでも、そこにあるのは、確かに愛なのだ。
 
どんなにわかりづらくても、
どんなに受け取りづらくても、
 
自分が、ここにいるということ。
この世に生きているということ。
それが、間違いなく愛そのもの。
 
その一滴の愛を、精一杯の愛を、
受け取るかどうかを決めるのは、
誰でもなく自分自身でしかない。
 
たった一滴でも、どんなにかすかでも、それは、紛れもなく、愛なのだ。
 
自分がそれを見ようとするか、受け取ろうとするか、ただ、それだけ。
 
それだけ、なんだ。
 
友人と合流する前に、なんとなくひとりで向かった個展会場。
誰ひとりいない空間で、ただただ、自分と、書と、夕幻さんの想いとだけ向き合えた時間。
 
誰もいない時間に行ってよかった。
ただ、自分と書だけがある空間は、とても静かで、存分に書を感じられる、とても贅沢な時間だった。
 

f:id:kayamy:20160810051744j:plain

個展会場を後にする前に新たに飾られた書がある。
 
生きる、命。
 
前日に開催されたイベント、「mother」で書き上げられた作品。
 
母と、子と、繋がるいのち。
 
ああ、繋がったのだ、とそう思った。
多くを聞かなくても、お母さんの存在は夕幻さんにとっての最も大切な原点。
 
母の愛を知り、受け取り、表現し、そして、命を繋ぐ。
 
もちろん、母から生まれ落ちた時点で母と子は繋がっているのだけれど。
でも、心は繋げるものなのだ。
 
生まれ落ちたその時から、母を大切にしているのも、愛しているのも紛れもない事実。
けれど、もう一段深く、母をひとりの存在として受け入れ、愛し、そしてただのひとりの女性としての、彼女のありのままの心を、愛を、自分の命に、あり方に、生き様に繋ぐ。
 
それは、自分がひとりの人間として、母という存在から自己を分離して自立しなければ出来ないこと。
もう一度、今度は正面から、彼女が繋いでくれた自分の命を自らの想いで繋ぐ。
 
生と死と、命。
彼は、それを表現できる書道家なのだ。
 

f:id:kayamy:20160810051945j:plain

 

f:id:kayamy:20160810052000j:plain

 

この投稿は、あえて作品集を読まずに、そしてみっちぃさんからお話を聞く前の心境を中心に綴りました。
間違っている部分もあるかもしれないけれど、それでも。
ただ、心で感じたそのままを、残しておきたかったから。
 
そして、すべての作品に、夕幻さんと大切な誰かとの心震える時間が込められていて、ひとつひとつに触れたいとは思いながら、わたしが最も心震えた、「母と子」を感じた書にとどめています。
 
これからゆっくりと、作品集と、彼の人生と対話していきます。
夕幻さん、この世に生まれてきてくれてありがとう。
美智子さん、彼と出会ってくれてありがとう。
 
たくさんたくさん、彼の想いを聴かせてくれた美智子さん。
美智子さんが語る彼の時間は、ひとつひとつが彼と、彼の大切な大切な誰かとの、震えるほどの想いに満ちていて。
 
夕幻さんが心震える「あなた」との出会いがなければ、この書はないのだと。
 
夕幻さんの書は、いつも心震えた瞬間とともにある。
誰かの生き様に、想いに、あり方に感動し、心震え、その想いがあふれだしたときに「書」というかたちになる。
今目の前にいる、あのとき目の前にいた「あなた」なくしては存在し得ないのが彼の書。
 
そうして、彼のそばに、あなたがいてくれたから、今の彼があるのだと、そう思いました。
 
本当に、ありがとう。
 
そして、あのときあの時間、ご一緒してくれたみなさまも。
あのときあの時間にあの場にいたひとりひとりが、あのあたたかい場所を創り上げてくれていて。
夕幻さんの書そのものもですが、個展会場も、そこにいる「あなた」がいたから素敵な場所になっているのだと、そんなことを思いました。
 
本当に、ありがとうございました。
 
そして最後に。
この個展にともに来てくれた友人にも。
彼女とは、鹿児島で出会いました。
その時のわたしにはどうしても会いたい人がいて、鹿児島で講演をすると聞いて即座に鹿児島に飛ぶことを決めた。
その先で出会ったのが、彼女。
その時、彼女は大学生だった。
 
あれから三年。
茨城で働く彼女が、わたしの投稿を見て、彼と、わたしの友人の個展に興味を持って、即座に茨城からやって来てくれた。
片道3時間ほどだろうか。それだけの時間と、お金を使って東京まで来てくれたのだ。
ふだん、そう遠出をしない彼女の決断と行動。
それがどれほど嬉しかったか。
 
三年間、ゆるりと繋がっていたご縁。
それが、またはっきりと繋がった。ゆっくりと話す時間も持てた。
それが、たまらなく嬉しかった。
 
しばらく離れていたとしても、全く会わなかったとしても、繋がる人は繋がる。繋がるべきタイミングで。
 
友人の初めての個展が終わる瞬間を見届け、彼女を見送って家路に着く。
この日もまた、素晴らしい時間だった。
 
震えるほどの感動と幸せをもらった。
わたしは、なんて幸せなのだろうと思う。
 
個展は本日まで。
夕幻さんの心震えたその瞬間を、ぜひ感じに行ってみてください。
 
遠藤夕幻 作品展
「あなたがいたからできたこと」
 
会期:7/26〜8/10
時間:10:00〜18:00
場所:マスミ東京ギャラリースペース
JR山手線 大塚駅より徒歩7分
 
HP

f:id:kayamy:20160810051853j:plain

「あなた」がいたから。

あの日の、あの空間が、あった。

間違いなく。