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心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

不安からひたすら逃げるために怒鳴り、従えることの、辛さと哀しさと。

彼は、怖いのだ。恐ろしいのだ。怒鳴り、喚き、高圧的に振る舞うその姿は、彼の弱さの裏返しだ。彼は常に怯えている。常に怒鳴り、誰かを従えていなければ不安でたまらないのだ。彼の瞳の揺れる様が、彼の胸中を映し出す。何度確認しても、何度屈服させても…

わたしにとっての世界への恩返し。

わたしは、常に行動し続け、触れ続け、感じ続けることを望む。わたしにとって、わたしの外側にある素晴らしい世界に触れないことは、死を意味する。 だから、わたしは自宅での時間を嫌う。 そこには、何の新しい刺激もないからだ。 そこには、停滞だけがある…

傷みを受け入れ、さよならを認める。

ふと、ようやく気付く。わたしは傷んでいたのか、と。わたしは、ずっと、きっと、傷付いていたのだ。だから、まるでどこかが停滞していて流れが滞っているような、そんな感覚を覚えていた。それだけが理由ではないかもしれないけれど。わたしは、自分の傷み…

ご縁を大切にするために、お金と友好な関係を築きたい。

昨年とってもお世話になった、新年のご挨拶をしたかったお店に行って。年始にやろうと思っていたことは大体ひと段落して。バーのマスターに「また来てね」と言われて。バーで居合わせた素敵な人から自分の店に「また来てね」と言われて。当たり前だけれど、…

人生で一番大切なこと。自分の心から欲しいものを認めること。人生で一番辛いこと。自分の心から欲しいものを否定すること。

直前まで体調を崩していたのに、前日の夕方にはかなり良くなっていた。前日は土砂降りの大雨だったのに、当日は眩しいほどの太陽と青い空。そんな風に、いろんなことが、ほんとうにいろんなことが。びっくりするほど上手く重なって、最高のタイミングでわた…

伊勢神宮再訪。神様だって、家族になりたい。わたしたち、天照大御神のこどもたちと。

新年早々伊勢神宮に呼ばれた。年が明けて、実家に戻って、青春18きっぷが一枚余って、ああ、それなら次の週末にお伊勢さんに行こう、と思った。お伊勢さんで、厄払いをしてもらおう、と。なぜお伊勢さんだと思ったのか、それはもう理由を聞かれてもわからな…

今更ながら新年を振り返る。

わたしの新年はとても静かだった。新年が明けたことへの高揚もなく、ただ、年が明け新しい一日がいつも通り始まったことを自覚した。 そうして、わたしはここから改めて歩き始めるのだと、静かに決意したのだ。 12月、今の場所を去り次へ進む決意を固めて伝…

篠山紀信展「快楽の館」は時間を超える体験型の現代アートである。

品川にある原美術館の閉館期間を使って、すべての写真が原美術館の敷地内で撮られた写真で構成された個展。それは、写真展の枠を飛び越えた現代アートであったと思う。本来であれば、写真さえあれば個展はどこででも開催できる。絵画もそうだ。だから、全国…

篠山紀信展「快楽の館」彼の写真は人の本質を丸裸にする。

写真を見て感じた最初の感想は「なんてうるさいんだ」だった。すべての写真が生きた生身の人間の熱を持って、自分の存在を語りかけてくる。その瞳から、その佇まいから、どう魅せようと思ってカメラの前に立ち、その実彼女たちの本質はどこにあるのかまでが…

伏見稲荷大社。お詣りするという行為に、自分自身のあり方が問われている。

実家から東京へ戻る途中に、京都に立ち寄ってどこかの神社を参拝しようと思い立った。最初は八坂神社にと思っていたが、何故か突然伏見稲荷大社へと変更してしまった。伏見稲荷大社へ訪れるのは初めてだった。正月三が日の伏見稲荷大社は、駅を出てから参道…

ヌードの美しさ。対象はただ存在しているだけであり、意味を付与するのは鑑賞者である。

篠山紀信が原美術館で個展を行っているという。その個展は、すべてが新作、オールヌードで構成されている。個展の名称は「快楽の館」。いかにも、な名前だが、その名称にそぐわずそこに性的なものは存在しないのではないかと思う。わたしは美しいものが好き…

神社。その地のすべてを守り、すべてを内包する場所への感謝から始める。

しん、とした空気。神主もおらず、手水舎の水もない。そんな、寂れた神社がふたつ。それが、わたしの地元だ。それでも、そんな神主がいない神社に村の人は行事のたびに集まる。寂れているけれど、荒廃してはいない。人の気配はないけれど、神の気配はある。…

新年のご挨拶とお礼と。

新年あけましておめでとうございます。2016年8月8日に始めたこのブログも、200記事を達成し、細々と続けていられるのも、このブログを読んでくれている人がいるおかげ、そして、わたしと出会ってくれている人や物や本や場のおかげだな、としみじみと感じてい…

2016年。最後のご挨拶。

2016年の間に書いておきたかった、勝手にサーカス!?と天才万博の記事をなんとか書き終えて。心置きなく2016年を締めくくることが出来ます。今年は、自分の可能性を自分なりに模索して追及した年でした。その中で、わたしが生涯共に歩むだろうパートナーを…

天才万博2016 キングコングの漫才に見る、大好きなことを大好きな人とただただやることの果てしない力。

天才万博2016その2日目にあった、キングコングの漫才。あれだけ西野さんについての投稿を重ねておきながら、実は一度も見に行ったことはなかった。理由は簡単。漫才に興味がなかったからだ。わたしはある人を好きになったとしても、その人の全てを肯定してそ…

天才万博2016 ホームレス小谷さんの信頼だけで出来上がった、客が主役の嬉しい楽しい幸せだけの、最高の空間。

天才万博2016。ホームレス小谷さんが一年かけて手売りでチケットを売って、天才だけを集めて開かれる音楽祭。本当に最初の最初にチケットを買った人たちは、その日に誰が出演するかをまったく知らない。でも、最高に楽しい夜を過ごした人たちは、来年もこの…

おとなの学校 勝手にサーカス!? DJダイノジ 〜1997年エンタメ革命論〜

おとなの学校 勝手にサーカス!? 第三夜DJダイノジの大谷ノブ彦さん。彼の名前は聞いたことがあったけれど、実際に話を聞くのは初めてだった。彼が話し始めたその瞬間、これは本物だ、とそう思った。彼の言葉はその勢いでもってその場の空気を一気に掻っ攫…

おとなの学校 勝手にサーカス!? 第三夜 〜ゴキゲンを掲げる理由〜

アノアとペロ。ゴキゲンな歌を各地で歌い、日本全国にゴキゲンを届けるアーティスト。そのひとり、アノアさんが語る、「ゴキゲン」の物語。アノアさんが、「ゴキゲンを掲げる理由」。アノアさんと音楽との出会いはチェッカーズ。あの時代に生きた人なら誰も…

おとなの学校 勝手にサーカス!? 第三夜〜The Worthless〜

年の瀬の夜を彩る楽しくてウキウキする素敵なメロディー。そんなメロディーを下北沢の夜に奏でるバンドはThe Worthless。もうすぐ終わる2016年。それを楽しくて幸せで最高な夜にするために。彼らはみんな、最高に楽しい笑顔で最高に楽しい歌を歌う。彼らひと…

おとなの学校 勝手にサーカス!?第三夜〜全世界アーティスト化計画〜

おとなの学校 勝手にサーカス!?第三夜☆最高に面白くて最高にブッ飛んでるひとたちの、最高にイカした人生のエッセンスを語ってもらう、誰も寝てはならぬどころか誰も寝ることすら思いつかない、ワクワクとドキドキで満たされた一夜限りの夢の学校。そんな…

新月の夜に見えたこと。わたしにとって、大切なものを大切にする。

年の瀬の新月の日に。ほかにもたくさん書くことはあるのだけれど、なんとなく、このタイミングで自分のことを振り返ってみる。今年の一月に、わたしが心から尊敬している人の言葉に導かれるように、文章を書き始めた。もちろん、その前も書いてはいたけれど…

わたしにとっての書くことは、一瞬の煌めきを即座に捉えて形に残すこと。

わたしの文章は感動する対象が目の前にあって、それに対して心が震えたその振動を、それが消えないうちに書き留めてこの世に残しておく作業だ。だから、時間が経てば経つほどその振動は弱く小さくなってしまって、それを捉えることがとてもとても難しくなっ…

なんにもない、を抱えて生きる。

わたしには、何か壮大なことを成し遂げたいとか、どうしてもこれがしたいというものはない。今の場所から離れて、新しいことをしようとしているのに、次の着地点は定まっていない。それは、きっと間違いなく、今の日々がとてもとても幸せだからだ。雨風凌げ…

真言宗。1200年の古書の学びは現世に繋がる。

その部屋に入った瞬間に目に入ったのは、眩いほどの光の中に佇む大日如来。最初はただの光の絵かと思うほどに。その中に、うっすらと、本当にうっすらと、大日如来の顔と手を認めることができる。それは、光の中から如来が現れる、その瞬間を捉えたものと思…

高野山の朝のお勤め。祈りとわたしの人生との関わりが少し理解できた時間。

高野山で泊まった宿坊で、朝のきんと冷えた清冽な空気の中、朝のお勤めに参加した。ただただ一心に、読経をする副住職の姿を見ながら、ああ、この人は、「祈る人」、なのだなと何の脈絡もなく思った。例えばわたしが監査をする人であるように。例えば父が製…

高野山の静けさの中で。家族の繋がりというクリスマスプレゼントをもらう。

高野山に縁のあるお酒を酌み交わしたあの時から、近いうちに高野山に行こう、と決めていた。その機会は、ふいに母からもたらされた。「高野山に行こうと思うんだけど、一緒にどう?」その時、クリスマスイブに高野山に行こう、とそう思った。クリスマスイブ…

「神の意志」の来訪。

平成28年12月21日22時。「神の意志」が我が家にやって来ました。東京下町の狭い部屋にお迎えするのがなんだかとても気後れして、場が整うまでとか思っていたけれど、龍玄さんの「年内に」との言葉に背中を押され、ご自宅にお邪魔してお話しした時に閃いたの…

自分自身で練り上げた哲学を持ち、常に周りのすべての人から学ぶ。そうして辿り着く本質の深さと広さ。

小学校四年生の時に見ていたヒーローものって何?アル・ケッツァーノの奥田シェフが、採用の際に必ず聞くこと。なぜそんなことを?と思うけれど、これがかなり重要なのだ。小学校四年生の頃に、わたしたちの多くは自我が芽生えて親離れを始める。その時に、…

ただただ自分の使命を楽しみ喜びすべてを受け入れて生きる人。まるで澄んだ青い空と凪の海のような。

いつも、思うことがある。 自分の心に素直に、自分のやりたいことを、自分の使命とでも言うべきものに、心からの満足感を覚えて、心から楽しんで生きている人はとても気持ちがいい。 彼らと出会った瞬間、わたしは晴れ渡った、雲一つない青空を見ているかの…

蜂蜜午餐会。この日この時限りのコースとともに、豊かな出逢いを愉しむ時間。

色とりどりの、産地も蜜も蜜蜂も季節も何もかもが異なる個性豊かな蜂蜜たちと、この場でしか食べることの出来ない、至高の料理の数々。蜂蜜たちを揃えるは、その口ぶりからこだわりから、蜂蜜への愛が溢れる高安さん。その高安さんの愛を受け止め最高の蜂蜜…

四月に なれば 彼女は 喪った永遠の恋と、これから紡ぐ永遠の愛と。

四月に なれば 彼女は初恋だった。彼女しか見えなかった。彼女にも僕しか見えなかった。この恋は、永遠だと思っていた。永遠はあっけなかった。終わりはすぐに訪れた。彼女は僕の元から去り、僕は追いかけなかった。 そして、あの日は二度と戻らない。もう一…

いま、この瞬間、ここにあるものだけを。

その場限りのものが好きだ。会うこと、話すこと、見ること、撮ること、味わうこと、、、わたしは、時間が停止してしまったものに興味が持てない。わたしにとって、本との出会いもその一瞬で消えてなくなるもの。同じ本を読み返すことはない。たまに、思いが…

魂そのものが燃えるうた。それに灼かれる自分の魂の音を聴く。

晴れ渡った空の下。グランドピアノに空の雲が反射する、とても美しい薔薇が咲き誇るその場所で。彼女は明るくまっすぐにこう言った。「美しいものもあり過ぎると駄目だよね」美しい薔薇に感動する彼女のその目の前で。自分が今から演奏する薔薇園で一番美し…

透明な、浄化のうた。寄せては返す、波のような、美しいうたを聴く。

透明な、透明なうた。まるで、どこか天上から降りてきているような。とてもとても美しく、澄んだ調べ。彼女はまるで、舞うようにうたう。彼女の声は空気を震わせ波になり、わたしたちの心の奥の奥まで届く。彼女がうたうことばは、どこまでも透明で、どこま…

凪の海

わたしのこころの中には海がある。波ひとつない、風ひとつない、ただ、ただ。水平な地平線。静かな、青い空と。青い海だけの。しんとした、静寂の海。波の音もなく。風の音もなく。ただ、視界に一本の線だけが見える。海と空の境目すら曖昧で、青に溶けてい…

ゆらゆらと、流れるように進む。

とても危機的な状況のはずなのに、心が静かに凪のように安定していることがある。他者からその危険性を指摘されたり心配されたりして、その時は一瞬心臓が止まりそうになるのだけれど、数時間も経てば流れてゆく。その危険性を、重大性を、認識していないわ…

ジムの中の、心ゆるむ場所。彼らの共鳴が創り出す、優しい空間。

ジムの中に、こころやすらぐ場所がある。自分と対峙し、苦しく辛い、その場所に。こころゆるむ、そんな場所があらわれた。JIYUGAOKA GYM PLAY GRAND.駅から少し歩いたその場所に。ほんのり灯る、やわらかな光。その先には無骨なジムの器具。そして、やわらか…

しいたけ占い これまでとこれからと自分のありかたと。

VOGUE GIRLに掲載されている「しいたけ占い」という一見するとふざけた名前の占いがある。これが本当に本質を突いてくる素晴らしい占いなのだ。普段は占いを聞くだけ聞いて忘れてしまうようなわたしだけれど、この占いはその本質を語る容赦のない鋭さに、の…

アートの起源 杉本博司 アートと世界とこの世の全て。

マルセル・デュシャンの「泉」。 わたしが高校の美術の資料集の中で最も衝撃を受けた作品だ。 あの時の衝撃は、今でも色鮮やかに思い起こすことが出来る。 その作品に、よもやこんなところで再会しようとは思わなかった。 杉本博司さんの文章の中に、繰り返…

♯毎日がトラベラー 若杉アキラ写真展 彼の撮る、写真の向こうには故郷がある。

彼の撮る写真の中には優しい光と風が吹く。 やわらかでまあるいひかりに包まれる世界。 その写真の中の、ひかりの暖かさに外の寒さを一瞬忘れて。 優しい光の中に生きている人たちは、とても優しく暖かく。 その写真の中にいる人たちは、自分が知らないひと…

大宮氷川神社の十日市。わたしたちは、今でも祭りと祈りの日々に生きている。

初めて訪れた大宮にある氷川神社の十日市(とおかまち)。あまりの凄さと素晴らしさに感動しすぎてびっくりしすぎて、写真を一切撮っておりません。鳥居をくぐる前、駅前から何キロも何百と並ぶ出店の数々。定番モノのたこ焼き唐揚げポテトから、七味唐辛子屋…

原宿の森の音楽会。自然の中で心緩めて感じるひととき。

都会の代名詞原宿の、その中心に森がある。ここが原宿だと思えぬほどの、緑あふれるその中に、現れるのがKEISUKE MATSUSHIMA。都会の森の中にあるレストラン。けれどそれだけでは飽き足らず。その部屋の中にも森を呼び寄せ。一晩限りの奇跡の夢を。驚くほど…

ジムで個展。非日常の中の日常の中の非日常。

ジムで個展をやる、なんて。なかなかぱっとは出ない発想だ。けれどうっかりそれが実現する、それこそまさにご縁と巡り会い。そして彼らのノリと勢い決断力。いや、なにより。彼らの間の信頼こそが、発想を現実にする。さて、ここで考えたい。ジムは必死で己…

本音で生きる。堀江さんの、多分なんでもない普通の日常の話。

昔は、これが本当に難しいと思っていた。今も、まだ少しだけ難しいと思っている。 でも、今は、堀江さんの言うことがよくわかる。 なんで本音を言わないのか、なんで本音を言えないのかがわからない。わたしも、その世界に生きることが出来つつあるから。本…

扉のかたちをした闇 彼女と彼と、詩と闇と。何がどこに在るのだろう。

詩は、闇の中に浮かび上がる。何もない、闇の中に、まるで突然灯火が浮かび上がるように。けれど、その闇が扉の形をしていたら。扉の形をしていたら、どうだろうか。その、闇のノブを廻し、そうして開いたその先に、詩はあるだろうか。八月から始まる、この…

なにももたず、なにもきめず。

なにもたず、なにもきめず。ただ、想いと夢だけを持って、さよならを告げる。なにひとつ決まっていない真っ白な未来と、どうあっても手放さない想いだけを持って。そうして、まっすぐに、進もうとする人を、誰が止められるだろうか。どんな言葉も、彼女にと…

たぶん、転機。

一大決心をして、自分の人生を揺るがす決断を伝えた。驚くほどに、びっくりするほどに、なにひとつ変わらなかった。周りの対応も、職場のひとたちも。そのことに触れることすらなく、その決意を伝えたことですら、忘れてしまうほどに。なにひとつ、変わらな…

水の森 絵本の中の、とても優しくあたたかい、深い森。

とても、とても美しい、水と森の世界。その絵の筆致は、まるでどこか夢の世界を描いているようだった。幻想的で、まるで今にも消えてしまいそうで、そこには妖精が住んでいるかのような、淡く、優しく、美しい世界。何年も前に、訪れた、そして必ずまた訪れ…

おくりものがたり 伊藤まさこ 大切な人に大切な想いを込めて。

誰かに贈り物をするのが好きだ。それをあげた時の、誰かの喜ぶ顔を想像したら、もう。それだけで、まだあげてもいないのに、幸せになれる。いつもどこかへ出掛けたら、ああこのお菓子は、この小物は、この食器は、あの人が喜びそうだなあ、とついつい考えて…

読む時間 アンドレ・ケルテス 世界のどこかで、本を読む。

その人の手元には本がある。その人は一心に文字を追う。本を読む。本を読む。あの空の下で。あの光の下で。あの街の片隅で。あの家の片隅で。あの道の脇で。あの樹の陰で。少年が、少女が、青年が、老人が、本を読む。人種も、年齢も、性別も、場所も、時間…