心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

「はたらいて、笑おう。」情熱を持って仕事に取り組めているか。君は笑えているか。

f:id:kayamy:20170423170905j:plain


「はたらいて、笑おう」


うん、まさに、これ。


生きるために働きたいんじゃない。

働くことは生きることそのものだから。


情熱を持って働けないなら、死んでいるのと同じ。


すでに情熱を失ってしまったものを目の前に、

日々死んでいく自分を見つめ続けるのは辛い。


働くことは楽じゃない。簡単じゃない。

たくさんの嫌なことが辛いことがある。


それでも、情熱を持って取り組んだら、

やりきったその先で絶対に笑えるから。


たとえどんな結果になったとしても、

その時は笑えなかったとしても、いつか必ず。


この言葉自体は、なんてことのないものだ。

何か目新しいことを言っているわけでもない。


けれど、ひとりふたりと足を止める。写真を撮る。


それだけ、

働いて笑えることを、

望んでいるんだなあと思う。


わたしだけではなく、多くの人が。

 

 

 「はたらいて、笑おう。」

https://www.persol-group.co.jp/news/20170322_789/index.html

広告のやりかたで就活をやってみた。ー「伝わる」自分の売り込み方。

正直なところ、

自己PRや職務経歴書が本当に単調でつまらなくて、

書いたわたしでもこんなつまらないの読みたくない、

と思っていたところに見つけたのがこの本でした。


就職活動において、わたしたちは高額商品である。

しかも、一度購入したら分割払いで生涯お付き合い、

になるような一戸建ての家を購入するような買い物。


その商品を売りたい客(企業)に買わせるにはどうするか。


商品である自分自身の魅力を分析し、

購入してくれる客である企業を分析し、

客の背景や生活、興味関心課題を知り、

課題を解決する力が自分にあると訴える。


何千何百と人がいる中で、

自分を買う理由を納得させるために、

自分を売るための広告を考え実行する。


就職活動をしていると、「伝える」ことに注力し、

「伝わっているか」を置き去りしがちだったりする。


ひとりよがりで自分の強みだけを主張する広告は、

ただただうっとおしくて流される。


自分が今持っている課題に対して答えを提示してくれる、

そんな広告にわたしたちは惹かれる。


それは、自分と相手を分析し、「何を」伝えるかを

考え抜かないと出てこないもの。


わたしたちの書類は広告と同じで「読み飛ばされるもの」。

だからこそ、「読んでもらう」工夫が必要だ。


自分のために「何を伝えるか」ではなく、

企業のために「何を伝えるか」を考える。


うーん、すごく今更ながら、

就職活動の原点に戻れた気がしました。


ページ数も少なく図も多く、コミカルで読みやすいので

気になった方はぜひ。

広告のやりかたで就活をやってみた

広告のやりかたで就活をやってみた

夏野苺さんの個展。奇跡の出逢いと大切なことを思い出す場所。

大阪は箕面、緑溢れる山のふもと、

大きな滝の神様に見守られた場所。


梅田駅から30分でとっても澄んだ空気に会える。

駅を降りたらのどかな街並み青い空の心地よさ。


もう今年で3回目だけれど、

小屋を目指す道のりは、

いつだってワクワクでいっぱい。


駅徒歩数分の道を歩いているだけで楽しい。

晴れた空の下歩いていくと緑の壁が現れて。


とっても綺麗に可愛く整えられたお庭の中に

ちょこんと佇む小さな可愛いピンクの小屋が。

 

f:id:kayamy:20170422172338j:plain

 

そこが夏野苺さんの個展の会場。

 

 

3、4人も入ったらいっぱいになるくらいの空間。

入りきれずに待ってる間に話すその時間も幸せで。


個展に来た人たち同士の中で小さな交流が生まれ、

ここに来たら誰かと話して繋がって帰る気がする。


今回もたくさんの人との奇跡の再会が待っていた。


昨年の苺さんのワークショップでご一緒した二人。

あのときよりも、もっともっときらきらしていて、

二人に会った瞬間はもう嬉しくてたまらなかった。


明らかに、まとう気配も瞳の輝きも変わっていて。

あの日のあの時間が変えたもの、ひとりひとりが

あの日から、丁寧に積み重ねてきた時間を思った。


奇跡の再会はまだまだ続く。


ちょくちょく会ってる同じゼミで学んだあっくん、

東京のはちみつ会で幸せ時間を過ごしたゆりさん。


昨年の個展ですれ違ったれいさんとは1年越しに。

小屋の隣の雑貨屋さんの素敵なふたりの店員さん。


みんなひとりひとりが前よりきらきら輝いていて。


あの日あの場所で出会えただけで幸せだったのに、

こうして大阪で再会出来るなんて、本当に幸せだ。


毎日を大切にして前を向いて進んでいる人たち。

会ったら必ず、あの時よりも素敵な場所にいる。


そんな人たちと繋がれたこと、再会出来たこと、

そしてお話する時間を持てて再会を誓えること。


やっぱりここは魔法の小屋、素敵な繋がりの場。

小さな小屋に入るだけで浄化されたかのようで。

中で素敵な作品たちと向き合う時間も楽しくて。

 

この場所には、毎年必ずわたしを呼ぶ作品がいて。

いつもその値段にびびって一度箕面の滝にお伺い。

でも買うことはすでに最初の出会いで決まってる。

わたしは必ず、その子を連れて帰っておりました。


今年は呼ばれた?と思った子がいたのですが。

あっ、という間にほかのひとに貰われていき。

今回はほかの子には呼ばれなかったのでした。


たぶん、きっと次の東京の個展で出会うのだ、

とそんなことを感じながら、小屋を後にして。


f:id:kayamy:20170422172421j:plain


隣のカフェで、奇跡の出会いを果たしたひとたちと

ゆっくりお話ししながら美味しいごはんのひととき。


とっても満たされて、

浄化されて、その場を後にしました。

この場所を、この機会を作ってくれて。

本当に、本当にありがとうございます。


この日出会ってくれてお話してくれた、

同じ時間を共有してくれた全てのひとに。


心から、ありがとうございます。

  

f:id:kayamy:20170422172444j:plain

 

夏野苺さんの個展は明日まで。

最終日は15時までです。


とっても澄んだ空間と、

不思議で可愛らしい作品たち。


そして、苺さんを始めとして、

素敵な人たちとの出会いが待っています。

ピンと来てしまったら是非(*^^*)


個展1日目の様子はこちらから☆

http://www.ichigo-natsuno.com/essayDetail.php?813


「マジカルテディと天使たち」

4/20~4/23★12:00~17:00

(最終日は15:00まで)

入場無料

カフェ サルンポワクとSAKKA ZAKKA敷地内の小屋

http://www.geocities.jp/salunpowaku/index.html

●お問い合わせ:072-724-1771(SAKKA ZAKKA 松下)

11:00~18:00(水曜定休)


 

f:id:kayamy:20170422172502j:plain

  

  

素敵な場所で素敵な人と過ごす時間。

今思い返しても、とっても幸せな時間。

わたしには、こういう時間が必要だなと。


誰とどんな時間を過ごすか。

それが、

わたしにとっては本当に大切。


誰かのためでなければ、

わたしはいくらでも堕落する。


誰かを幸せにしたくて、

わたしはがんばるし前に進む。


周りにどんなひとがいるか。

周りにどんなひとがいてくれるか。


どんなひとのためにわたしが動くか。


それを、本当に、本当に大切にしたい。


自分を大切に。

自分の好きを大事に。

それはもちろんその通りだけど。


誰かの幸せのために動く自分がわたしは好きだ。


だって自分のためなら

ごろごろして本読んで、

美味しいご飯を食べて、

綺麗な景色見に行って、

それだけで、いいから。


それだけだと、つまらない。

それだけだと、満たされない。


だからやっぱり、素敵な誰かと過ごす時間は、

誰かのために動く時間は、わたしのために必要で。


そして動きたい時に動けるように、

体のメンテナンスをするし、お金も稼ぐ。


自分の原点にも、戻れた時間でした。

ありがとう、ございます。


f:id:kayamy:20170422172519j:plain

わたしが仕事で怒らない理由。怒りには現状をプラスに変える効用が殆どないからだ。

わたしは仕事をするときに、

どんなに仕事が出来なくても、

基本的に怒ったりはしない。


それは、ある種の諦めだと思っていたけれど。


ただ仕事で最もパフォーマンスを上げるために、

それが一番合理的だと、有効だと判断していただけだった。


それはある種、とても冷酷な考え方のようで、

わたしの気持ちを少し落ち込ませもしたけれど、

よく考えてみてもそれが最良の手段だと結論が出る。


仕事が出来ないのは、

若い年代でないのであれば、

その人が過ごしてきた環境のせいでもある。


人には向き不向きがあり、

必ずその人が輝く場所がある。


だから、その場所で成果を積み重ねながら

自信を付けて自分なりの特性を磨いていくのがいい。


けれど、わたしたちは自分に何が向いているか知らない。

向いている場所に配属されるかどうかも運でしかない。


向いていないのか、自分の努力が足りないのか、

性格的な問題なのか、わからないままに頑張る。


けれど成果が出ない。絶望する。どうでもよくなる。


そんな経過を辿っている人も多いのではないか。


もちろん、上司や同僚に恵まれて、

自分なりのやり方や個性を磨いていく人もいる。


けれど、そうは出来なかった人もいる。


それは、その人のせいだろうか。怠慢だろうか。

その人を怒って罵倒してそれで解決するのだろうか。


もちろん、性格的にどうこうといった話はあるにせよ。


ある程度年齢を重ねると、臆病になる。

自分を守りたくなる。

傷ついた時に、それを治癒する能力が衰えているから。


怒りは、対象となるものの否定である。

けれど、対象者はその否定を受け取れるほどに強くない。


だからこそ、反発し、いじけ、無視し、諦める。


これではまったくプラスの効果をもたらすことはない。

怒りには、現状を好転させる力はほとんどない。


もちろん、怒りを受け止め自分の血肉にすることが

出来る者であれば話はまったく変わってくるけれども。


けれど、そういった者は勝手に学び、成長していく。


だれに、なにを、どれくらい期待するか。 

そのために、どれだけの労力をかけられるか。


仕事を完成させることが最重要項目である中で、

どこまでその人に真摯に寄り添えるかを考えた時、

自ずとそこには限界がある、どうしても。どうしても。


怒りが短期的な服従や諦め、

反発しか引き起こさないのであれば、

それを易々と使うべきではないだろう。


仕事をしている以上、

苛立つことも辛いこともたくさんある。


けれど、それを他者にぶつけることは、

今の仕事のクオリティも、今後のクオリティも落とす。


先を見ずに、目先の感情に振り回されて、

怒りをぶつけるのだとしたら、いい仕事は出来ない。


一度放たれた言葉は戻らない。


一度壊した人間関係は修復に多大な時間がかかる。



怒りは一瞬で目の前にあるものを壊すことがある。



だからこそ、使うなら必要最小限に、冷静に。


だからこそ、わたしは滅多に仕事で怒らない。


それが合理的な判断の帰結であるからだ。


何のためにお金が必要かって、大好きな人たちと過ごすために。

f:id:kayamy:20170414184846j:plain

またもや行ってきました「ゆきすきのくに」。

そしてまたもや相当時間が経ってからの投稿です。


行ってみたい人、連れて行きたい人がいるので

うっかりまるで常連のようになっておりますが。


そうやって何度でも訪れたくなるのがこの店の魅力。


いつだってここのカレーは優しく美味しい。

刺激的な辛さはなくて、ただ包み込まれるような味わい。


とても気持ちのいい空間と相まって、

心が解けて緩やかに、穏やかに整う。


いつだって、心安らぐ時がそこにある。

大好きな人と美味しい食事をする時間ほど、

幸せで満たされる時間はない、とそう思う。


そういう時間を過ごせていることを、幸せに思う。

そういう時間を過ごさせてもらえることを、幸せに思う。


誘ってもらえて。

誘ったら頷いてもらえて。


そうして楽しくて幸せな時間が過ごせることを。


とてもとても。幸せなことだと思う。


好きな人と好きな場所で好きなだけ過ごすために。


そのために、お金が欲しいなあと思う。

 

f:id:kayamy:20170414184900j:plain

 

  

 

無職になって半月が経過した。


無職になって理解したことは、

正社員であったあのころ、と

なにひとつ変わらない日々が

繰り返されるのだということ。


無職になったからといって

劇的に何かが変わるわけでもなく。


職を手放したからといって

何かが見えるようになるわけでもない。


ただ、いつもと同じ日々が続く。

仕事をしていようがしていまいが、

全てが大切な瞬間の連なりである毎日。


仕事をしていようかしていまいが、

わたしがわたしであることに変わりはない、

といったような当たり前の現実を。


それをただ確認しているような日々。

何かを変えて、何かを手放したところで。

簡単に手に入るものなどないのだと。


退職したことは、大きな決断ではあったけれど。

それがただちに次への鍵になるわけでは、なく。


結局のところ今までと同じように

毎日をただ丁寧に積み重ねていくだけ。


自分でも不思議なことに、

路頭に迷うのではないかという不安はない。

どうにでもして生きていけるし、

生活費だって捻出出来るという確信がある。


ただ、会いたい時に

会いたい人に会うために。


お祝いしたい時に、

ねぎらいたい時に、

側に行きたい時に、


そう出来るように。

お金が欲しいなあと思う。


使えるお金が限られる、と思うと、

何にお金を使いたいかが鮮明になる。


それもまた、無職の醍醐味、なのかもしれない。


organic café ゆきすきのくに

http://www.yukisukinokuni.jp/yukisuki/yukisuki-cafe.html

満月の日にここ半月を振り返る。

つきがきれいなよるなので。



ふと空を見上げたら今夜は満月で。


雨が降っていたと思っていたのに、

寝る前に窓を開けたら綺麗なお月様。


なんとなく、

月の光に誘われて、

写真を何枚か撮ってみて、

夜空に浮かぶ月を美しいなと思う。


そうしてふと、ここ最近を振り返ってみる。


なんだかお金に振り回された半月だった、

そんな気がしてしまったわけです、実は。


どこかでどうあったってどうなったって大丈夫、

と思っているのに思考はそれを裏切るのだなと。


今まで貧乏人人生積み重ねて、

ご利用も人生も計画的に!を

貫いてきた約30年間だったので。


毎月5万貯金して、賞与からは必ず10万貯金。

奨学金貰ってバイトして国立大学出て公務員。

素晴らしきかなまるでお手本のような人生で。


それを一度ひっくり返してみたところで。

かつての生活の名残は残るよなあ、とか。


公務員だから対象外と思っていた失業給付も

最後の2年間非公務員型独立行政法人に出向

中に雇用保険かけてたから貰えることが発覚。


これはもう、お金のことは置いといて、

就職活動しなさいなということか、と。

自分の未来を考える時間を持ちなさい、

とそういうことなんじゃないかなとか。


そんなことをお月様に向かって思ったり。


お金のことを考えるから、

これからのことが疎かになって。


バイトをしているから

時間が埋まっている気がして

今やるべきことを先送りしたくなる。


退職金は今月末には入るのだけれど、

それで生活できるのは2ヶ月が限度。

失業給付の初回支給日は4ヶ月後だ。


どちらにせよ、間に合わない。

雇用保険は就職促進手当を貰う、

そのためだけに、活用しよう。


それまでに、就職か、何か。

自分の生活の基盤を作ろう。


イムリミットは6月末。

7月には生活の糧を得る。


わたしの夢への道を掴めたらもう最高で。

掴めなければ、副業や趣味で続けていく。


文章も、写真も。


お金になろうがなるまいが、

この二つとともに人生を歩むことは決めている。


お金にならなくても、

この二つで関わる人を

少しでも幸せに出来たら、

それだけでとても嬉しい。


それに、もしこの二つがお金にならないなら、

社会への貢献は別の方法で求められている、

というだけのこと。それはそれでいい。


サービスコーナーで進物販売、家庭教師、テレアポ、試食のマネキン、結婚式場のホール、テキ屋、病院事務、未収金督促、法律所管、試験問題作成、経営改善、内部監査に物産展とアルバイトや派遣を含めていろんな仕事をやったけれど。


どれもそれなりに楽しめたしやりがいはあった。

どこにだって改善の余地も工夫の方法もあった。


どこで何をしていても、結局は変わらないのだろう。


流れるままに、ご縁が繋がったところに行こう。


繋がるべき縁は繋がり、そうでないものは繋がらない。


たぶん、そういうことなのだろう。

 

もちろんそのための行動は積み重ねるけれど。


文章を仕事にしたい、

文章がわたしの核だと

感じていることも事実だけれど。


どこで何をしていても

書き続けるし撮り続けるなら

何がどうなっても、同じこと。


焦らずに、ただ行動を積み重ねて。

流れるままに、ご縁が繋がるままに。


就職活動を楽しもう、と思った満月の夜。


f:id:kayamy:20170412160812j:plain

舞台の上で、画面の向こうで光を放ち続けることを決意した人たち。

そこにいる人で、

光を放たない人は、

いなかった。

 

 

芸能事務所、スカイアイ・プロデュース。

所属するアーティスト写真の撮影現場で、

わたしはただただ、光を放つひとたちを、

写真の中で、更に眩しく輝くひとたちを、見た。

 

 

誤解を恐れずに言えば、

彼らはひとりひとり普通の人だ。

 

確かに、カッコよく、かわいく、美しいけれど。

同じくらい、カッコよく、かわいく、美しい人はいる。

 

わたしたちの周りにも。

 

 

では、何が違うのか。


カッコいいだけでは、

かわいいだけでは、

美しいだけでは、


それだけではなく。

 

 

彼らは「決めた」人たち。


年齢も性別も

どこで何をしているかも

何一つ、関係なく。


自分で、舞台に立つ、と決めた人たち。

自分の光で、世界を照らそうと決めた人たち。


そして、行動し続ける人たちだ。


舞台の上に立てば、

カメラの前に立てば。


彼らはプロの顔になる。


シャッター音と共にくるくると変わる表情。


一瞬にして纏う雰囲気が変わり別人になる。


苺さんが指示を出す。

即座に反応する。

それがプロの現場だ。

 

 

アーティスト写真は自分の運命を決める写真。

  

 

苺さんの撮影は早い。

 

何度かシャッターを切れば終わる。

 

そんな少ない回数で撮れているの?

とうっかり思ってしまうくらいに。

 

それでも、そこに写っているのは、

目の前に見えるその人それ以上に、

光り輝く、ひとりのアーティスト。

 

 

苺さんは、

瞬時にその人の光を見つけて

ファインダーに閉じ込める天才だ。

 

 

その、短い、本当に短い時間に、

自分の一番の輝きを放ち続ける。

 

 

もちろん、舞台でも映画でもドラマでも。

場所は違えどいつだってそうなのだろう。

 

 

そこに、見栄や照れが入る余地はない。

 

 

ただただ、

最高の自分であること。

最高の自分であり続けること。

カメラの前では。観客の前では。

 

 

自分で決めて、自分の足でこの場所に立つ彼らの瞳は。

 

 

ひとり残らず、きらきらと輝いていた。

 

 

 ふと、思う。

 

 

わたしたちは、こんなにも輝いて生きているだろうか。

 

 

こんなにも、まっすぐに真摯に生きているだろうか。

 

 

日々の中で、心をすり減らし、光を見失ってはいないか。

 

 

ああ、だからこそ。

 

 

彼らのような光が必要なのだ。

 

 

舞台も映画もドラマも。

 

日常に絶対に必要なものではない。

 

それでも、わたしたちはそれを求める。

 

その向こうに、きらきらと輝く光を見たいから。

 

自分が失ってしまったかもしれない、光のかけらを。

 

そして、もう一度その光から元気をもらって輝くために。

  

  

この事務所にいるひとたちは、

アーティストだけではなく社員の方も、

ひとりひとりがきらきらと輝いていた。

 

この現場で、苺さんの撮影風景を撮らせてもらって。

そうしている間、わたしはずっと楽しくて幸せだった。


それは、きっとここにいる人たちがそうだから。

ひとりひとりが優しくて温かくて、心地よい人たち。


そんな人たちばかりが集まる空間だから、

とても楽しくて心地よい場所になる。


優しくて、温かくて。

それだけでは、ということもあるだろう。


でも、これからはそれが重要なのではないか。

SNSの普及で個人が情報の発信源になった時代。

 

人の口に戸は立てられない、

という言葉がこんなにも相応しい時代もない。

 

ぽろりとこぼした一言が瞬く間に拡散され、

ちょっとした矛盾に突っ込みが入り叩かれる。


一夜にして、天国から地獄へ叩き落とされる。


それに対する防衛策は、結局人が求めているのは、

温かくて優しい、そんな人なんじゃないだろうか。

  

 

それだけではなく、

わたしがここにいる人たちを

素敵だなあ、好きだなあと思ったから。


だからこそ、この時代に花開いて欲しいと思う。

ひとりひとりが、自分に与えられた舞台の上で。

 

 

  

  

苺さんが本当に楽しそうに

写真を撮る様を見つめながら、

本当に、ほんとうに、心から。

写真が大好きなんだなと震える。


その最高の笑顔を収めたいと思う。

 

角度を変えて、向きを変えて、フォーカスを変えて。

苺さんが、アーティストの最高の一瞬を収めるなら、

わたしは苺さんの最高の一瞬をカメラに収めたいと。


苺さんは、写真の神様に愛された人。

そして、写真の神様に感謝し、愛する人

 

苺さんは、いつも、

写真の神様に、被写体に感謝しながら、撮る。

 

その感謝の気持ちが、

さらに、よりいっそう、

苺さんの写真を輝かせるのだろう。

 

わたしは、苺さんの写真を見ていつも不思議に思う。

なぜこんなにも、光があふれているように見えるのか。

 

もちろん、写真そのものが素晴らしいのは勿論だけど。

 

それでも、なぜこんなにもきらきらと輝いているのか。

 

その理由がきっと、そこにあるような気がしてならない。

 

写真は、撮るものではなく撮らせてもらうもの。

 

素晴らしい一枚が撮れた時、

喜んでも、誇っても、いい。


けれど同時に、奇跡の一枚を

撮らせてもらえたそのことに、

心から感謝したいと思うのだ。

 

苺さんのその姿勢を見習いたくて、

どこかに仕事として撮りに行くとき、

どこかに仕事として話を聞きに行くとき、

必ず、自宅の最寄りの神社で今日の成功を願う。


そして、30分前にはカフェか落ち着ける場所で、

今日の現場に思いを馳せて意識を集中し整える。

 

自分を限りなくフラットにして。

その現場の雰囲気に溶け込めるように。

 

わたしは写真を撮るときは静かな凪の海にいるから。

だから、別の場所からの風も波も、排除しておきたい。

 

まだ、わたしの海は波立つ。

もっともっと静かな世界に行きたい。

もっともっと本質そのものを撮れるように。

 

 

  

  

この現場に同行させてもらって。

感じたこと、学んだこと、得たものは、

数限りなく。到底これだけでは語り尽くせません。

 

本当に、本当に、

この機会を頂けたことに感謝しています。

そして、それと同時に、

このご恩を、もっともっと返したいと思うのです。

 

どれだけ返せるかはわからないけれど。

ご恩は積み重なるばかりでもあるけれど。

何年かかっても。別の形でも、別の場所ででも。

  

この日ご一緒して頂いたすべての方に。

本当に、本当に心から。ありがとうございます。

 

 

スカイアイ・プロデュース

http://skyiproduce.com


夏野苺official web site

http://www.ichigo-natsuno.com