心の景色の旅に出る。

こころふるえるだれかとの時間、そのものの中にあるだれかの想い、だれかの、じぶんのこころを旅したその軌跡を綴っています。

泥で出来た蓮の花。土の息衝く声が聴こえる。

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土の息衝く音が聴こえるだろうか。


床の間に置いてあるのは、

枯れた花なんだと思っていた。


近付いて、それが違うと知る。


それは、土で出来た蓮の花。

生き生きとした蓮ではなく、

少し萎れてきたその一瞬の。


ざらざらとした土の感触は、

まるで蓮が土の中で化石化したかのよう。


土の中で、土によって、時を止めた蓮の姿。


そのまま枯れて花弁が落ちていきそうな存在感。


色はなく無機質なはずなのにどこかあたたかい。


ざらざらとした手触りとまだらの色合いは、

だからこそ、花の存在感と生命力を増して。

 

 

蓮の花の正体は香炉。

 

 

美しい花から心安らぐ香りが立ちのぼる画は、

それだけでとても美しく、豊かな時間だった。

 

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川村さんの手がける作品は、

土の息吹を感じるものばかり。


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しんとした、山の中の土のこえ。

豊かで、どっしりとして、繊細で。


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土と、水と、風と火と。


陶器を形作る自然の力。


それにひとの想いを込めて、


ひとつひとつの作品が生み出されていく。


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どんなにたくさん作っても、

自分が作った作品はわかる。


作品の巧拙や想いの深さに関係なく。


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それはとても不思議なことだけれど、

作品を作ることはそういうことなのだろう。


自分の身を分けたものたちは、

離れてもどこかで繋がっている。

 

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頂いたお菓子も抹茶も美味しくて。

ご一緒したみなさまと話す時間も、

とても豊かで楽しくて満たされた、


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とてもとても、豊かで幸せな時間でした。


ご縁を結んでくれて本当にありがとうございます。

 

 

個展の会期は明日まで。

作品の購入も可能です。

気になった方はぜひどうぞ。

  

 

開催場所

千嘉

東京都中央区日本橋人形町2-25-4

人形町駅A3出口から徒歩1分


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「夢」と「目的」と「志」。その違いを言えるだろうか。

「夢」と「目的」と「志」。


これらの違いは何か、と問われて答えられるだろうか。

わたしはうまく答えられなかった。


「今、なぜあなたはここにいるんですか」


すぐ明確に答えられるほどに、

目的を自覚しているだろうか。

 わたしは一瞬言葉に詰まった。


 

意識しているようで、意識していない。

明確にしているようで、明確になってない。

実は漫然と毎日を過ごしているんじゃないか、

そんなことに、気付かせてもらえた時間でした。


グローバルイノベータープログラム。


宗像さんの「目的」の講義。

本当に、この講義を楽しみにしていた。

わたしはずっと、これを自らに問いながら生きている。

だから、ただ目の前の仕事をすることでは満足出来ない。

 

 

「夢」は自分のために見るもの。


「目的」はなぜそこに向かうのか。


「志」は目的よりも社会性の高いもの。

 

 

わたしは常に「志」を持って生きていきたい。

だって、自分一人だけなら今すぐにでも幸せに出来るから。

そりゃあ毎日色々あるけど、浮き沈みも激しいけれど、例えば美味しいものを食べて大好きな人と笑いあえば一瞬で幸せになれる。


自分の幸せのためだけなら、

別に成長しなくても努力しなくてもいい。


なんにもいらない。


前に進みたいのは、成長したいのは、志のため。


自分の中で明確になってはいなくても、

きっとみんな胸のどこかに持っているはず。


そんなことを思う。

誰もが誰かを幸せにしたくて。

その大元にはもっと大きな志がある。


恥ずかしかったり、

自信がなかったりして、

ただ言葉にならなかったり、

気づかずにいたりするだけで。



こういうことを書いてて思う。



表現するということは、

言葉にするということは、

全部が明らかになるということ。


言葉にして表現したその瞬間に、

込められた本心が明らかになる。


本当に心からそう思っているのか。

どこまで熱意を持っているのか。


ぜんぶぜんぶ、文章から読み取れてしまう。

自分が思っているよりずっとずっと。


それを、もっと一致させていきたい。

自分をきちんと認識して受け入れて。

そして毎日ご機嫌に生きていきたい。

心身ともに最高のコンディションで。



志を真に自分の身に落とし達成するために。



明治維新の志士を多数生み出した

松下村塾で毎日聞かれていたことがあるという。


あなたの志は何ですか。

あなたの目的は何ですか。


毎日毎日常に聞かれて考えて、

潜在意識に落とし込んだから。


だから出自にも才能にも関係なく、

あれだけ多くの人たちが歴史に名を残した。


教育というものの基本だなと思う。


いつも心に太陽を

ついでにいつも心に松陰先生を、

住まわせてるといいんじゃないか。


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漂流女子。妊娠に悩み漂流しながらも生き抜く女性たち。彼女たちが、漂着出来る港でありたい。

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漂流女子。


望まぬ命をその身に宿した、

ひとりひとりの女性の物語。


勇気を出して、

一人で抱え込まずに

SOSを発した女性たち。


彼女たちの心に、


メールの中で、

電話で声を通して、

実際に会って、寄り添う。


そんな活動をしている団体がある。


にんしんSOS東京。


クラウドファンディングで資金を集め、

たった数名から始まった有志の活動だ。


単なる情報提供だけではなく、

一度きりの限定的な支援ではなく、

継続的に彼女たちの選択に寄り添いたい。

 

 

産むにしても。

産まないにしても。


命が宿ったことそのものに意味がある。


彼女たちが何をどう選択したとしても。

わたしたちは彼女たちの選択に寄り添うと。


 

団体が活動を開始して2年が経過した。



わたしは彼女たちの物語に触れて、

悲しむのかもしれない、怒るのかもしれない、

そんなことを、この本を読む前には思っていた。


彼女たちの境遇にも選択にも行動にも。

たくさんのさまざまな考え方があるだろう。


何を是とするかも人それぞれ。

わたしとは違う捉え方をする人もいるだろう。


でも、まったく誤解を恐れずに言えば、

わたしは彼女たちから生きる強さを感じた。


 

この本に登場する彼女たちは、

確かに辛く厳しい環境で生きてきた。


暴力を受けて育児放棄されて

健康保険証すら使うことができず。


性交を拒みきれず強要されて命を宿した。

誰にも相談できず誰にも相談することなく。


生きるか、死ぬか。

生かすか、手放すか。


究極の選択とも言える中で。


彼女たちは生きていた。自分を。


彼女たちが可哀想だって思うのは簡単だけど。

彼女たちはさまざまな事情の中で背景の中で、

生きていたんだと思ったのだ。とても、強く。


こういう本を読んでいると苦しくなることが多い。

でも、この本には不思議なほどにそれがなかった。


中島さんが繰り返し伝えるように。

この本には彼女たちの生命力が宿っていた。


美化するつもりはない。

彼女たちの心を体を侵して

ひとつのふたつの命を害した

男たちに安堵も安心も与えるつもりはない。



でも。

怒りだとか悲しみだとか、

そこにばかり目を奪われないのは、



それは、中島さんの視線かなと思う。

たぶん、彼女はメールを電話を受けた、

ひとりひとりのことを人として尊重してる。


可哀想だとか助けなきゃとか、

自分が上に立ったりしていない。


ただ目の前に立ったひとりの女性と、

まっすぐに向き合っているのだと思う。


彼女と初めて会った時、密かに驚いた。

本当に、どこにでもいる普通の女性だったから。


強くも激しくもなく、ただただ普通の女性。

彼女のどこにこんな団体を立ち上げるだけの力が、と。

そう思うと同時に彼女の瞳のまっすぐさは、

彼女と繋がるきっかけとなった、

尊敬する女性の持つそれととても似ていると思った。


なぜだろう。とても不思議なことに、

初めて彼女と会った時の彼女の瞳の色が、

あの時の部屋の風景とともに忘れられない。

  

 

団体が立ち上がったあの時から、

この本が発行されるまでの彼女たちの歩み。


そこには、本当に尊敬の念しかない。


目の前の人を尊敬して尊重して。

ただまっすぐに対等に向き合って。


言葉にすれば何てことのないものだけど、


それがどれほどに難しく大切で重要なことか。


 

そして、

そんな場があることが、

どれだけ救いになることか。


女性である以上、

女性とお付き合いする以上、

 

誰もが、


「思いがけない妊娠」

「望まない妊娠」


と出逢う可能性がある。


それは起こって欲しくない現実も含め。


どんな可能性もある、

そんな世の中にわたしたちは生きている。

 

 

だからこそ、

老若男女問わず、

すべての人に読んでほしい。


読まなくても、

「にんしんSOS」

という場があることを知り、

だれかに伝えていってほしい。


妊娠した時、

誰もが相談できるわけじゃない。


幸せで望まれた妊娠ばかりが、

この世の中にあるわけじゃない。


父に、母に、

娘に、息子に、

友人に、知人に、


いつ、

どこで、

誰に。


その瞬間が訪れるかわからない。



誰にも相談できなくても、

ここなら打ち明けられるかも。



結果的に何も起こらなくても。



ただ「知識として知っている」


それが本当に大切だと思うから。

 

 

窓口は女性限定ではありません。

男性にも開かれています。

 

 

性交の現実も

妊娠の現実も

中絶の現実も


にんしんSOSの存在も、


「あたりまえの知識」


として広がりますように。



ひとりで泣いたり悩んだり、

絶望したり命を絶ったりする人が、

少しでも減りますように。

そして、なくなりますように。



にんしんSOS東京

https://ninshinsos-tokyo.com


漂流女子 ――にんしんSOS東京の相談現場からー― (朝日新書)

漂流女子 ――にんしんSOS東京の相談現場からー― (朝日新書)

アスリートのセカンドキャリアの未来を拓く。

アスリートには突然終わりがやってくる。

どんなトップアスリートでも変わらない。


誰もに平等に早すぎる最後の時が訪れて。

まるで波が引くように人がいなくなる。


そして、路頭に迷うのだ。

誰も、助けてはくれない。


その世界でトップに立っていたとしても。


ただ社会人経験がないとか

ワードエクセルが使えないとか。

たった、たったそれだけのことで、

ラーメン屋のアルバイトをするしかない。 


そんな残酷な現実がある。


それは、本当に、社会にとっての損失だ。

彼らがスポーツを通して学んできた様々なこと。


目標を立て、行動し、達成する力。

瞬時に状況を判断し決断し実行する力。

メンタル、フィジカルコントロールの力。

ひとつのことにのめり込む集中力と持続力。


それらは、わたしたちが心底欲しているもの。


そこに自分の欲しいものを持っている人がいるのに、

社会から弾き出すなんて、勿体無い以外の何物でもない。

 


人生の半分以上を残して終わる、

アスリートのファーストキャリア。


そこからどうセカンドキャリアを構築していくか。


すべてのアスリートたちの指針となり希望となりうる、

引退後に更に挑戦し続け輝き続ける人たちの話を聞いた。



元・総合格闘家でROAD FC 初代ミドル級チャンピオンの大山峻護さん。

元・ハンドボール選手で日本代表キャプテンを務めた東俊介さん。

元・バドミントン選手で世界選手権メダリストの池田信太郎さん。

 

スポーツの世界で引退したらコーチになる。

世界の舞台に立ち、十二分にその資格を持った三人は、

あえてその道を選ばずに他の生き方を模索した。


それでは、スポーツは小さな輪の中で閉じてしまう。

同じ人が小さな輪の中をぐるぐると回るだけのこと。

もっともっと、スポーツの選手の可能性を広げたい。

  

 

引退したからこそ、輝く。

アスリートは引退したら終わりではない。


現役時代、豊富な人脈を有していると思っていた。

引退しても誰かが声をかけてくれるのではないかと。

けれどそれは甘かった。自分で切り開くのだと知った。


そんな自分と同じ道を辿る多くの後輩たちのために。


引退してから、引退したからこそ、

現役の頃より輝けるのだと証明したい。


幸せなセカンドキャリアのパイオニアになりたいと、

大山さんは格闘技とフィットネスを合わせたサービスを考案。

多くの有名企業で採用され、日々忙しく走り回っている。

ストレス過多の世の中で、ストレス解消、チームビルディングの構築のためのひとつの方法として多くの企業で受け入れられているのだ。



一世を風靡した一人のスターが現れても、その後。

マイナースポーツがメジャーになることはなかった。


スポーツを、ハンドボールをビジネスにしなければ。

同じ2千円を払うなら確実に感動できる映画を観る。

スポーツは、数多あるエンタメと競合しているのだ。


ハンドボール業界は、今までの常識を超える必要がある。


東さんは現役を引退してからその夢を実現するために早稲田大学で必死に学び、その後企業でマーケティング部を立ち上げた。けれどどちらも実を結ぶことはなかった。繰り返し挫折を経験し周りを憎みそうにもなりながら、ハンドボールのためではなく「東がやるなら」と応援してもらえる人物になることを誓う。


今は複数の会社と契約しながら、社員の子供たちにハンドボールを教え、行動し続けている。

彼はきっと、彼の志を現実にするまで、歩みを止めることはないだろう。

  

 

かつて、「イケシオ」と呼ばれたバドミントンの池田さん。一般への認知度も高かった。

けれど、企業との契約期間が終わり、まだ挑戦を続けたいと思っていた彼の元にもまた、誰もスポンサーとして声をかけてくることはなかった。


あれだけ名前が売れていても、なお。


飛び込み営業を続ける中で、本当に苦しい日々の中で、声をかけてくれた人のことを生涯忘れることはないだろうと池田さんは言う。


成長速度は成功体験に比例する。

一番最初の成功体験はスポーツによることが多い。

そんなスポーツを通して子どもたちの教育に関わりたい。


現役の頃からセカンドキャリアを意識していたという池田さんの話し方は驚くほどにビジネスマンと遜色ない。

スポーツ選手にとって、その身に持つ宝のような経験を広く伝えるために一番の障壁となるのは「言語化すること」。

池田さんを含め、お三方すべてが普通のビジネスマンでは太刀打ちできないほどに話が面白い。


そんな彼らだからこそ、彼らが今までの競技人生で培ってきた宝をこれから世の中に届け、その姿を目標に多くのアスリートたちがその後に続くだろう。



この日は他にも本当に素晴らしいお話をたくさんして頂いたのですが、もういい加減長すぎるので心に残った言葉をあと一つずつ紹介します。

 

 

勝負には、勝つ気持ちが強い方が勝つ。

何のために格闘技をやっているのか。

何のために強くなりたいのか。

目標の裏側にある目的を決して忘れないこと。

 ー大山さん


 

日本代表に最後の最後で選ばれず夢が潰えたと思った。

応援することすら出来ず日本に帰らなければならなかった。

自分に出来ることはもう何一つないと思っていた。

でも、ひとつだけ、自分に出来ることがあった。

出発前の最後の日。

「自分はやり切ったから、悔いはない」

そう伝え、選ばれたメンバーを送り出すことだ。

ー東さん

 

 

日本代表でメダルを獲ったとき、

スタンディングオベーションで会場が湧いた。

それを見て、感じて、涙が溢れた。

ーこれこそが、バドミントンだ。

その時の、コーチの言葉を忘れることはない。

ー池田さん



さて、ここまでとうとうと語りすぎましたが、

この会の本旨は学生たちの就職支援活動。


その支援活動の一環として産学官が連携し、

3ヶ月という長期間に渡って学生が自治体へ赴く。

そこで、その地の人たちに触れその地を感じながら、

地方が抱える問題を解決するための提案をプレゼンする。


受け入れる自治体も、応援する企業も、現地に赴く学生も。

この長期間のプロジェクトは並大抵の覚悟では実行出来ない。


それが、現実に行われ実行されていることに感動しました。


新潟、三重、岡山、愛媛。

全く見も知らぬ地で試行錯誤を重ねアイデアを実行し検証し実際に動いてきた学生たちのプレゼンは、それだけで胸を打つものがありました。


特に、岡山に行った学生たちのプレゼンが素晴らしかった。

誰一人としてカンペを見ることなく、まっすぐこちらを向き感情たっぷりにはっきりと、たくさんのエピソードを交えながら楽しそうに話す。

200人の聴衆を前に、臆するどころか堂々と話す姿は圧巻でした。

彼らの話を聞いていると、こちらまで楽しくなってくるような、そんなプレゼンでした。


大人でも、ここまで人を惹きつけるプレゼンが出来る人はそういないだろう、と思うほどの出来栄え。

おそらく何度も何度も練習を重ねて修正を繰り返したのだろうなと。


そしてもう一つ感動したのは岡山でワークショップに参加した一人の女子高生。


彼女は岡山でのワークショップで素晴らしい大学生や社会人の方々と交流し、感動のあまり3000文字を超えるお礼の言葉を綴り、この日東京で行われた発表会に始発の新幹線に乗ってやって来た。彼女の行動には一切の迷いがなく、彼女の言葉はしっかりとした強い意志が感じられるものだつた。

彼女も全くカンペを見ることなく、自分の言葉で、自分の心からの思いをそれこそ彼女の人生で初めてかもしれない200人もの人の前で堂々と語った。


この会の活動は、間違いなく、一人の人生を変えた。


その事実を目の当たりにした瞬間だった。



燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや

(えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや)


このイベントを主催した鴻鵠塾の名前の由来。


燕や雀の視点を持つ者は、大空を駆けるコウノトリやオオトリの視点で見える世界を知ることは出来ない。


大きな志を持ち、広い視点で行動する者は、自分の周りの小さな世界しか見えない者から時には否定され批判されることもあるだろう。けれど見ている世界が違うのであれば理解できなくて当然のこと。


ホンダを作った本田宗一郎氏は、まだ町工場同然の会社で朝礼の度にみかんの空き箱の上に乗って「世界一を目指す!」と力強く宣言をしていたという。

もちろん、社員はそんな社長に呆れた。けれど今はどうだろうか。


そういうことだ。

今はまだ、みかん箱の上での妄言に聞こえても、

そういう人たちが世界を変えていく。


鴻鵠たる先輩たちの話を聞きその在り方に触れ、地方での経験を通して一人一人の学生たちが大きな志を持ち次の社会の鴻鵠となる。

そして、彼らに触発されて燕雀たる人たちも鴻鵠の志を見るようになるだろう。


彼らの今後の活躍が、彼らが切り開く未来が、本当に楽しみだ、と思うワクワクする時間を頂きました。



上田さん、素晴らしい会を企画頂きありがとうございました。


素晴らしいお話を聞かせて頂きました大山さん、東さん、池田さん。


3ヶ月の長期間に渡って現地で学び、200名の前で堂々としたプレゼンを披露して頂きました学生のみなさま。


当日わたしとお話をしてくださったみなさま。



本当にありがとうございます。

 

そして。

ここまで読んで頂いた方がいましたら、

本当にありがとうございます。



写真は当日全く撮らなかったため、

鴻鵠のイメージ写真ということで。

 

 

鴻鵠塾にご興味ある方はこちらから。

また、こちら完全ボランティアで運営されているそうですので志に共感されましたらぜひご寄付を!



鴻鵠塾

http://koukokujyuku.org

 


アスリートお三方のことをもっと知りたい方はこちらから。

 

大山峻護さんインタビュー

https://athlete-live.com/interview/category/sports/oyama_shungo/


東俊介さんインタビュー

前編

http://blog.qandasports.com/post/139533690066/前編元ハンドボール日本代表主将東俊介がマネジメントの道を選んだ理由とは

後編

http://blog.qandasports.com/post/139592585136/後編元ハンドボール日本代表主将東俊介がマネジメントの道を選んだ理由とは


池田信太郎さんインタビュー

http://mw.nikkei.com/sp/#!/article/DGXMZO98756610T20C16A3000000/


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行けよ、行けよ。ただただ行けよ。

最近、般若心経をなんとなく学び始めた。


たった262文字の中に込められた意味を知りたい、

何かの宗派に属しているわけではないわたしが思うなんて。


時代もわたしも変わったな、と思う。


仕事を定時で終わらせてすぐに電車にの飛び乗るつもりが延長戦。これはもう勉強会自体は終わってその後のご飯の時間に合流することになりそうだなあと思ったら。


イレギュラー発生によりみんなで先にご飯の時間に。


ここのところ仕事が終わらずご飯からの参加、

になってしまってたのでこれは本当に嬉しかった。


しかもこの日は今まで習ったことのおさらい。

途中から参加し始めたわたしのためのような、 

そんなありがたい時間だったりしたのでした。

 

 

今回も、学んだことはたくさんあれど。


ああでもこれに尽きると思う。

 

 

  

行けよ、行けよ、ただただ行けよ。

 

 

 

この世の中には悩みも苦しみも喜びも智慧もない。

行ったその先に得るものなど何もないけれどただ進め。


止まっている時間などない。止まるから濁るのだ。


人は執着があるからその場に留まる。

その場に留まり動かぬことで流れが滞る。

滞ったその先に、恐怖が生まれ育っていく。


行動し続けていれば恐怖は生まれ出ではしない。


だから、何もわからなくても、何も得られなくても、


ただただ、進むのだ。

 


目的なく行動することを躊躇っていた。

情熱なく行動することを躊躇っていた。


自分の中に燃えるような想いや情熱がないのに、

わたしの中で明確に言葉に出来るものがないのに、

何のためにそれをやるのか動くのか時間を使うのか。

そんなことをずっと考えていてドツボに嵌りつつあった。

 

この会の前日にも指摘されていて。

また同じメッセージを受け取った。


2日連続でこんな風に、

繰り返し同じことを教えてもらうなんて。


なんだ、じゃあもう動くしかないじゃないか。



行動なき智慧はない。


行動することで智慧が生まれる。


目的も、きっと行動したその先で気付けばいい。

 

 

井戸さん、ご一緒させて頂きましたみなさま。

いつも本当に素晴らしい時間をありがとうございます。



般若心経。


様々な解釈があるけれど、

自分の信じる解釈でいいと思う。


多くが語られていないのはそういうことかもしれない。




ゆきすきのくに

http://www.yukisukinokuni.jp/about/


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尊敬する人の結婚式で写真を撮ることへの感謝を知る。

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わたしの大好きな人たちの結婚報告会。


そして二人の大切な娘さんの一歳の誕生日。


あの日からもうそんなに時間が経ったのかと驚く。


二人の結婚の報告を受けてからでももう1年半が経った。

 

 

新婦の実家がある関西の地での待ちに待った報告会。


その場にカメラマンとして呼んでもらえることが。


本当に本当にそれだけでありがたいと思った。

  

 

こういう風に思い出してもらえること。


こういう風に機会を与えてもらえること。


カメラを買って写真を撮るようになって、

その場の空気を残して伝えられるようになった。


ひとりひとりに感動を伝えられるようになって、

その感動の場に立ち会わせてもらえるようになった。


わたしにとって、写真を撮るってそういうこと。


写真を撮ることで、ご縁や繋がりが広がってゆき、

一期一会の出会いの時間を深くわたしの中に残してくれる。

その残った深い時間を伝えてその場にいた人たちと繋がれる。


写真はコミュニケーションの手段のひとつで、

わたしのコミュニケーションを何段も深くした。


写真を撮ったからこそ、

あの瞬間の笑顔が瞬きが、

わたしの中に深く刻み込まれる。


その瞬間をその場にいた人たちと共有できる。


写真を撮って、こうして言葉を綴って、

あの時間が一瞬から永遠に変わっていく。


写真がなくてもカメラを構えなくても

忘れない出来事はたくさんある。


でも、自分が撮ったからこそ、あの笑顔が涙が、

わたしの目の前に一瞬で鮮やかに蘇るようになった。


写真を撮るって凄いことだと思う。


わたしはこの日に撮った彼女の笑顔も彼の笑顔も彼女の父の母の兄弟の友人の笑顔も、すべて。

きっと忘れないだろうと思う。彼らの笑顔はわたしの頭の中のアルバムにいつでも自由に取り出せる形でしまわれている。


カメラを構えるからこそ、写真を撮るからこそ、

わたしはあの煌めく一瞬を捉えることが出来る。


そうでなければ気付けない瞬間ってたくさんある。


カメラは魔法の道具だと思う。

裸眼で見るより美しい世界を見せてくれる。


奇跡としか言いようがない瞬間を収めさせてくれる。


そして、その一瞬を永遠にわたしの中に残してくれる。


その人の大切な場に居合わせてもらえること。

その大切な一瞬を撮らせてもらえること。

それが本当にありがたくて、うれしい。


けれど、撮りながらもやっぱりずっと、

もっと、もっといい写真が撮りたいと思う。


彼女が彼が持つ光をわたしは捉え切れていない。


ああ、もっといい写真が撮りたい、いい写真が撮れるはず。


カメラを構えながらそんなことをずっと思っていた。


わたしの目の前に現れた最高の瞬間を。

あの瞬間を寸分違わず写真に収めたい。


魂震えるその瞬間を収める技術が欲しい。


写真の神様が惜しげもなく、

最高の一瞬を与えてくれているのだから。

 

 

久しぶりに、依頼を受けて撮影をして思ったこと。


純粋に、もっと素晴らしい瞬間を収め続けたい。


そのために、やっぱり経験したい。たくさん。

 

 

見切り発車で撮影します!って言ってみたら。

本当にありがたいことに、たくさん依頼をもらって。


それもまた、ありがたいなあと思う。


目の前の、美しくて素晴らしい世界を、

たくさん撮ってたくさん伝えて喜びを広げたい。


写真を撮るって、

この世に光を増やすことだなあと。


そんな風に思ったのでした。


尊敬する人が繋げてくれた、

わたしの次の道へのきっかけ。


わたしはいつだって、彼女から大切な贈り物をもらう。


でもそれだけじゃなくて。


彼女と出会えたことそのものが、

わたしにとっては大いなるギフト。


本当に、おめでとうございます。

そして、心から、ありがとうございます。


2017.10.7

軟酥法座禅。 ゆるりと蕩ける一期一会の夜。

大人の夜坐禅、軟酥法。


軟酥(なんそ)、という

芳しい香りのとろりとした液体。

この日のそれは優しい薔薇の香りで。


それが、頭頂部からゆるりと蕩けて、

耳を、首を、肩を、腕を、ゆっくりと、

ゆっくりと、流れ落ちてゆくのを感じる。


軟酥は身体の傷んでいるところに

染み込みその場所を優しく包み込み。

その傷みを緊張を滞りをほぐしていく。


ゆっくりと身体のすべてを伝っていく軟酥。

それはやがて身体の内側にも染み込んでゆく。


わたしたちの身体は数多の臓器から成る。

その臓器たちはいつも一生懸命働いていて。


そうして時に、傷んでいる。

軟酥はその臓器の間に染み込み

それらの傷みを緊張を滞りを癒す。


身体の外側も、内側も。

軟酥が包み込み満たされる。


軟酥に満たされて見る世界は、

ゆらゆらと陽炎の向こうに在る。


起きているのか寝ているのか、

部屋に座っているのか湯に揺蕩うのか。


ふわふわと曖昧な空間の中で、

まるで温泉にでもいるような心地よさ。

 

 

ここに来ると、時間の流れが緩やかになる。

日々の忙しい時間からあっという間に切り離されて、

ただゆるゆるとほどけて穏やかな流れの中に漂うような。


ここで出会う人も一期一会。

座禅を組んだ後に美味しいご飯を囲んで、

そうして深く楽しく和気藹々と語らいそして、

多くの場合はどこの誰かも何も聞かずに別れる。


社会の属性から切り離されて、

ここで座禅を組んでご飯を食べた、

それだけのシンプルな繋がりとして、

出会って別れてまたどこかで再会する。


この場所での繋がりは、出会いは、

人が人と出会い語らうということを、

ただ、それだけの価値を教えてくれる。


人が人と出会い、

同じ食卓を囲み、

そして別れゆく。


そこには、明確なものは何も生まれない。


けれど、その中に、間違いなく大切な何か、

があるのだろうと、それを貰っているのだと、

ここに来るたびに教えてもらっているように思う。

 

 

この日も素晴らしい時間を、素晴らしいご飯を、

素晴らしい出会いを、ありがとうございました。


また次の一期一会でお会いできますこと、

楽しみにしています。

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